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Boonzzyの「新旧お宝アルバム!」 #173 「Blood」 Allison Moorer (2019)

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先週は怖れていた感染再拡大のリバウンド的な兆候が出て「東京アラート」なる実効上どういう意味があるのかかなり不明なものが発令されたり、全米を中心に人種差別と警察による暴力への抗議行動が広がったりと、いろいろな意味で大きく揺れた一週間でした。変わらないのは私達一人一人でできることをしっかりやっていくしかないんだと思います。そんな中、ザワザワする気持ちを落ち着け、元気づけてくれる音楽が、私達音楽ファンそして多くの人に取っての救いになりますように
さて今週の「新旧お宝アルバム!」は、実姉のシェルビー・リン共々1990年代後半以降、着実にその凜とした歌声と静かなエモーションとヒリっとするテーマを歌う楽曲で常に質の高い作品を発表し続けてきた、アメリカーナ・シーンの語られざる歌姫、アリソン・ムーラーが自らの半生自伝『Blood: A Memoir』の出版に合わせて昨年秋にリリースしたちょうど10作目になる最新スタジオ・アルバム『Blood』(2019)をご紹介します。

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以前この「新旧お宝アルバム!」のオリジナルブログ版でシェルビー・リンの『Just A Little Lovin'』(2008)を取り上げた時にも触れましたが、この姉妹の作り出す作品に常に感じられる闇の部分の源泉として、この姉妹がティーンエイジャーの時に経験した壮絶な体験があります。当時アルコール依存症でDVを繰り返していた父親から逃れるために、姉妹とその母親は当時住んでいたアラバマ州の違う街に移り住んでいたのですが、彼女らの居場所を突き止めた父親が、母親を射殺して自らもその銃で命を絶つ、という悲惨な事件がそれでした。時にシェルビー17歳、アリソン14歳。
当然それ以来この事件は、二人の人生に暗い影を落とし続けて、その事件のわずか3年後の1989年にメジャーデビュー、アルバム6枚目にして2000年にグラミー新人賞を獲得してブレイクしたシェルビーの作品に潜む陰のような情念も、そして1998年に同じくメジャーデビューしたアリソンの清冽でエモーショナルながら時々見え隠れする闇を湛えた作品も、この事件による大きな傷を未だに二人が抱えていることを強く伺わせます。

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そんな二人が、デビュー以来初めて一緒にレコーディングしたデュオ・アルバム『Not Dark Yet』(2017)は、ディラン作のタイトル曲をはじめ、タウンズ・ヴァン・ザントマール・ハガードといった無頼派カントリー系シンガーソングライターの大御所の作品のみならず、ニック・ケイヴキラーズ、ニルヴァーナといったロック系アーティスト達の曲を淡々としたアコギと姉妹のボーカルでカバーした、意欲的な作品でした。そしてこのアルバムに唯一収録された二人によるオリジナル作品で、アルバムを締めるのがこの二人の忘れられない辛い経験をテーマにした「Is It Too Much」。

「あなたの心の中に抱え続けるのには辛すぎる?
他の誰も降る雨を遮ることはなく
他の誰も今あの亡霊を感じることはない
そうしたものを心の中に持ち続けるのは厳しすぎる?

他の誰もこの道を歩く者はいない
他の誰もこの重荷を背負うことはない
そんな運命を生き続けるのはもうたくさん?

そんな抱えきれないものは私のところに持ってきて
あなたが流した涙について話して欲しい
あなたがこれまでにすっかり疲れ切っていることは神様もよくご存知のはず
普通であれば決して口に出さないこともそっと囁いてみて
決してあなたは一人きりではないことに気付いて欲しい
私はあなたのそんな過去の重荷を肩からおろす手助けのためにここにいる」

正しく自分達の心の底に潜む傷をヒーリングしようという形でこのアルバムを締めくくった後、アリソンはおそらく考えるところがあり、今回の半生自伝と、このアルバム『Blood』に取りかかったのだろうことは容易に想像できますね。

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今回出版の彼女の自伝は生憎まだ読んでいませんが(この後じっくり読む予定)、書評などを見るとやはりあの両親が亡くなった1986年の事件に至るまでのことと、事件そのもの、そしてその後大きな傷と闇を背負った姉妹が分かちがたい深い絆を音楽という芸術表現で表してきた歴史を綴っているようです。そして同様にこのアルバム『Blood』も、アリソン改めてあの事件、そしてその後の自分のこれまでの半生とそこに潜む思いを、様々な楽曲とその歌詞で改めて語り直している、そんな作品になっています。

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音楽自体は、ほぼ全曲がミニマムのバンド構成による、基本アコースティック・ベースの演奏にアリソンのボーカルが乗っていて、後日アリソン自身によるバックボーカルをミックスの際にオーバーダブしているようで、とてもシンプルな構成。彼女の取り憑いたような美しいボーカルと歌詞の内容がぐっと引き立つような録音・ミックスになっています。ちなみに録音自体は、ナッシュヴィルのダウンタウンにあるライブ・バー、Ken's Gold Clubで行われています。プロデューサーは、アリソンの最初2枚と、この前のソロ『Down To Believing』(2015)を手がけた、ナッシュヴィルではベテランプロデューサーのケニー・グリーンバーグ

そのアルバムの冒頭「Bad Weather」はリヴァーヴの効いたギターとアコギの音色とこんな歌詞でゆっくりと、象徴的にそしてヴィヴィッドなイメージで始まります。そして最初のコーラス部分で自らのバックコーラスと共に一気にちょっとしたカタルシスに入るあたりで、既にこのアルバムの中に取り込まれていく自分を感じます。

「私のスピーカーから聞こえてくるちょっといかれた女の子の声が
自分のいい男のことをうめくように歌っている
キャスリーン・エドワーズを真似て歌ってるけど
だからといってうまく真似られてはいない

そして空はこれから天気が崩れそうな雰囲気
灰色の厚い雲を通して差し込む光もなく
雨がくるのを待ちながらセーターを探す」

続く「Cold, Cold Earth」は彼女のアコギと歌にフィドルだけのシンプルな歌。しかしその内容はまさにあの事件を語った、パワフルで重いもの。この曲は彼女の2枚目『Hardest Part』(2000)に隠しトラックとして収録されていたものを、今回改めてレコーディングし直したもので、今回のアルバムの恐らく出発点になった楽曲でしょう。

「その夜は蒸し暑くコオロギたちが一斉に歌っていた
八月の月夜 世間は既に寝静まっていた
一人起きたまま、少しずつ頭がおかしくなっていっていたある男を除いては
たった一つの愛を捨て去ってしまったことを悔やみながら

酒に溺れた彼からは家族は離れていった
妻と二人の娘にそれはひどい仕打ちを繰り返したから
一人悲しみと寂しさの中で酔いつぶれた彼の思考は既にまともではなかった
家族が自分の間違いを許してくれない限りは生きていけないと思ったのだ

やり直しのために彼は街に入っていった
愛する妻に哀れみを乞うたが彼女がそれを受け入れることはなかった
あまりの悲しみに圧倒された彼は銃に手を伸ばした
そして夜明け前に彼女の命を、そして自分の命を絶ったのだ

二人は今冷たい、冷たい土の下に横たわっている
何て悲しい、悲しい話だろう
何て悲しい、悲しい世界だろう」

歌詞を読みながら曲を聴くとずっしりと胸に迫る曲です。ですが、ここでアリソンは父親を一方的に非難するのではなく、むしろ彼の精神的混乱に思いを馳せるようなトーンなのが印象的。そしてひたすら「悲しみ」を強調しているのも胸を刺します。

Nightlight」では、姉のシェルビーに対して「あなたは私にとって最初の光で最後の光/陽の光であり月の光/朝になったら魚釣りに行こうね/でも今は寝ずに起きていよう/ささやきながら、耳を傾けながら」と語りかけて姉妹の絆を確かめ合いながら、このアルバムの中では一番荒々しいアレンジのナンバー「The Rock And The Hill」では、母親の視点で「母は彼のことを信じなきゃだめ/このアラバマの土地にしっかり足を踏ん張って、と言うけど/もう信じる力も尽きそうで何もうまくいかない/もうこの重たい岩を坂道を押して登るのには疲れたの/疲れてしまったのよ」とどうにもならない状況を、エモーションを込めて歌うアリソンまるで彼女を取り巻く当時のムーラー家の状況を描くミュージカルを見ているような、そんな感覚を覚える展開です

そしてA面の最後を締めるのは、ある意味このアルバムの最大のキーポイントとなる曲「I'm The One To Blame」。アリソンのアコギの弾き語りだけの2分半の小品ですが、この曲は姉のシェルビーが、何と亡き父のブリーフケースの中に入っていたメモの歌詞に曲を付けたものだとのこと。この歌詞を読むと、当時の父親の心境が痛いほど伝わってきて、アリソンが「Cold, Cold Earth」である意味父親の心境に寄り添うような歌詞を書いていることにも理解ができる、そんな内容。アリソンの歌声はいつもよりもやや低くハスキーで、まるでシェルビーが一瞬憑依しているような錯覚すら覚えます

「悪いのはすべてこの私だ、でもその代償は充分に払った
時が経つにつれて自分が失ったものの大きさをヒシヒシと感じる
醜い嫉妬と愚かなプライドが私をこんな恥ずかしいところまで追い詰めた
愛しい人よ、本当にすまない、でも悪いのは私なのだ

悲しみがプライドを取り去った
こんなことになった責めはいくらでも受けよう
心の傷を取り去ってくれ
私を再び受け入れてくれ

またお互いうまくやっていくにはどれだけ時間がかかるかは判らない
信頼がなくなったのだから同じような愛はあり得ないのはわかる
しかしもし君がその気があるのなら、私はできる限りのベストを尽くす
そして愛しい人よ、私を許してくれ、なぜなら悪いのは私なのだから」

そしてB面冒頭の静謐ながら情念うずまくようなアコギの伴奏が印象的な「Set My Soul Free」では、アリソン自らの歌詞で、闇に苦しんで、逆境に疲れ果てて、家族に離れられた失望で傷ついた魂を自由にするのだ、と父親の視点で不幸な行為に至る彼の心情を歌うのです。ここまで聴いて、このアルバムを作るのはアリソン自身にとっての浄化プロセスであると同時に、当時の事件を理解するために、特に父親の行動とその深層にあった心情を理解するために必要なプロセスだったのだな、と深く考えてしまった次第。

アルバム最後は、前のソロ作『Down To Believing』にも収録されていた、アコギの弾き語りで今回のアルバムタイトル曲「Blood」と、ピアノの弾き語りの「Heal」の2曲で静かに、しかしこうした闇や悲しみ、痛みと後悔で渦巻く暗い感情を癒やし、輝く光に向かって改めてこれからの人生を生きていく力を求めるアリソンの祈りのような歌声で締められます。特にラストの「Heal」は思わずアリソンをこれからも聴き続け、応援していかねば、という気持ちを強く起こさせる、そんな歌詞。最後の一音が消えた後も、ずっと余韻を残して容易に耳から、心から消えていかない、そんなアルバムラストです。

「私はタフかもしれないけど、生来こうだったわけではないの
そうしないと重荷を背負っていけないからタフになったのよ
そういうタフさとは本当はおさらばしたい
でもどこに行っても、必ず争いが私を追いかけてくるの

私が武器を持たなくてもいいように助けて
私が感じる愛を人に与えるのを助けて
私が常に優しさをもてるように助けて
そして私の心が癒えるのを助けて
まやかしのものをすべて取り除いて
本当のものを見せて欲しい
おお主よ、私の心を癒やすのをお助け下さい」

このレコードは冒頭お話したように、音数も抑えられ、バンドの構成もシンプルなオルタナ・カントリーの作品ですが、こうした一連の壮絶なミュージカルを思わせるような歌詞内容を追いながら聴くと、大きな感動と共に、結構胸にずっしりとくる作品です。しかし、これまでのアリソンの作品の集大成というか、間違いなくベストの部類に入る作品だと思いますし、彼女の作品の深層に潜む様々な思いや情念がストレートに表現されているので、シンガーソングライター、アリソン・ムーラーを理解するには最適なアルバム。これまでアリソンの存在をご存知なかった方には心から歌詞カードを見ながら聴かれることをお勧めします。

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早くも次のプロジェクトが進行しているらしく、次は『Not Dark Yet』に続く姉シェルビーとのデュオ・アルバム第2弾、しかも今回はカバーアルバムではなくて、全曲二人の自作曲とのことですから、この『Blood』で展開された過去の事件について改めて二人の思いを吐露する作品になるのか、それともこのアルバムの最後の「Heal」で歌われた祈りの先にある、より明るい未来を歌う作品になるのか、まことに興味は尽きません。アリソンのアルバムはこれまでチャートインなど、商業的な成功には残念ながら恵まれてきていませんが、結局のところ、自分はこの姉妹の作品に一生魅了され続けることになるでしょうし、そうした方が一人でも増えてくれれば、このアルバムのご紹介も意味があったということでうれしい限りです。二人の人生に幸多からんことを。

<チャートデータ> チャートインせず

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