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本屋稼業に疲れたので、仕事の手を止めて本を読むことにした日

8月13日、火曜日。昨日までの三連休をしょぼい売上で終えてしまい、すっかりやる気を失っていた。
夏季休暇も取らず、毎日ちゃんと開けていたのに、なんなんだよ。だったら、俺だって休みたいよ。心の中でしょうもない愚痴を繰り返しながら、しぶしぶ店に向かう準備をする。

sceneという本屋は、ひとりでやっている店なので、自分の判断で休みにすることもできる。そういうのが個人事業の自由なところだし、たいして人も来ないんだったら1日くらい閉めたって別に構わないとも思うけど、せっかく毎日決まった時間で営業しているのに、「気分次第でやったりやらなかったりする店」という印象を持たれるのは悔しいので、やむを得ない理由以外の臨時休業は、できるだけしないようにしている。

とはいえ実際のところやる気はないので、業務は必要最低限にとどめて、今日は読みたい本を読む日、ということにした。自宅の本棚から、この前個人的に購入していたphaさんの「パーティーが終わって、中年が始まる」を取り出しカバンに入れ、自転車で店に向かう。

12時にいつも通りSNSの投稿をして開店し、あとは椅子に座ってじっくり読書。来客があればもちろん応対はするけど、人が来たからといって基本的について回ってあれこれ話しかけたりするわけではないし、いつも通りといえばいつも通りだ。とにかく今日は、本を読む以外のことは極力やらずに過ごす。売上が良かろうが悪かろうが知らない。休もうと思ってたくらいなんだから、1冊でも売れれば儲けものだ。

今日読む本に選んだ、「パーティーが終わって、中年が始まる」。タイトルを目にしたときから、個人的に読みたいと思っていた。この前休みの日に、大牟田のtaramu booksで購入していて、数日前に店用に注文していた分がようやく届いたところだった。

著者のphaさんは、1978年生まれの現在45歳。28歳の時に働いていた会社を辞めて、ニート生活をしながら執筆業などでなんとなく食いつなぎ、京都から上京してシェアハウスを運営。場所を転々としながら2019年にはシェアハウスを解散して一人暮らしを始め、現在は高円寺の独立書店・蟹ブックスのスタッフとして働いているようだ。

自分は1979年生まれで、phaさんと同年代だ。2年前に本屋を開いたので、書店員という職業も共通している。歩んできた人生は違うけど、自分と重なるような部分もあると感じるphaさんという人が、今どんなことを思っているのか。読むのを楽しみにしていた。

phaさんは「ニートの歩き方」「持たない幸福論」などいくつかの本をすでに出版している。これまでの著書の中では、定職について、結婚して、マイホームを持って、といった前時代的でステレオタイプな幸せのあり方に囚われず、もっと自由に、適当に生きていこう、といったことを提唱してきていたと思う。
本に書いているような自由な生き方を実践してきたphaさんだけど、本書を読んでみると、40代を迎えたことにより様々な心境の変化があったようだ。

若い頃は、試行錯誤を積み重ねれば、どこかに辿り着くのだと思っていた。いつか、完璧な自分になれるのだと思っていた。でも、そうじゃなかった。失敗は何かの糧じゃなくて、ただの失敗だった。自分はどこにも辿り着かず、ずっと中途半端なままで、同じ失敗を繰り返しながら生きていくのだ。

40代半ばに抱く思いとして、個人的にとても共感できるものがある。自分がもっと飛躍的に成長できるという可能性が感じられなくなると、この先の人生の展望というのも変わってくる。
20代は大体何をしても許される。30代というのはなんか、ごまかしごまかし若者のふりをして生きていける。それが40になると言い訳もできなくなり、半ばを迎えるといよいよ「中年」という2文字から逃げられなくなる。
今これを読んでいる若者がいるとしたら、「30代も40代も同じおっさんだろ」と思うかもしれないけど、人は急には中年にはなれない。少しずつ、若者であることを諦めながら中年になっていくのだ。

音楽や映画を、昔のようには楽しめない。何か面白いことをやろうとしても、何も思いつかない。シェアハウスをやっていた頃のように、色んな人から刺激を受けたいと思わない。自分のような生き方は、今の時代にはもう通用しない気がする。
本書には、そんな喪失感や諦観に満ちた文章が並んでいる。「こんなことを言っていたことが昔の自分が恥ずかしい」といった自己否定的なことまで書かれていて、ちょっとぶっちゃけすぎじゃないかと思うけど、それだけ心境の変化があったということなんだろう。
phaさんのような生き方をしてきた人は特に、自分自身の変化だけでなく、周りからの見られ方というのも変化してくるだろう。歳を重ねるほどに、人は社会の中で透明な存在で居続けることが困難になってくる。これまでは人と違っていても「若いから」で許されてきたことも、中年になって同じようなことを続けていれば、白い目で見られるようになる。社会の安定を脅かすような存在として、危険視する人もいるかも知れない。
いくら世間体を気にしないといっても、周囲から不審者扱いされながら生きていくのはつらいものがある。

そういった変化を経て、phaさんはシェアハウスを閉じて、一人暮らしを始めた。そして、蟹ブックスの店員という定職についた。今の暮らしぶりは、以前のように刺激的なものではないけど、これまで通りにいかなくなってしまった残りの人生をどうにかやり過ごし、それなりに楽しく生きていくために試行錯誤しているようだ。

「自分とphaさんには共通しているところがある」と書いたけど、自分が進んでいる方向はむしろphaさんとは逆かもしれない。シェアハウスをやめて一人暮らしをし、書店員として働き始めるという、ある意味「ふつう」に向かっているphaさんに対して、自分はこれまで比較的「ふつう」の生き方をしてきたのに、40過ぎてから書店を始めるという、不安定な方向にどんどん進んでいる。
「独立して書店をやっている」と言えば、格好はつくかもしれない。少なくとも不審者扱いはされないだろうけど、勢いや流れにまかせて始めた本屋業では生活はままならず、ふつうにアルバイトでもしていた方がずっとマシな経済状況だ。phaさんが蟹ブックスで給料をいくらもらっているか知らないけど、たぶん自分の方が稼げていないと思う。
本を読んでみて、共感する部分はたくさんあったのだけど、自分の人生はこの先大丈夫なのかと不安が増す部分もあった。

お金がないのは生きるうえで切実な問題で、不安や苦労は絶えないけど、本屋の仕事自体は楽しい(ちゃんと本が売れれば)。phaさんが蟹ブックスで働いているというのを最初に知った時は意外に思ったけど、本を読んでみると納得したし、「本屋で働くのは楽しい」とも書かれていた。店に来た人がどんな本を選ぶのかを見ることができたり、どんな本を棚に加えようかと考えたりするのは、本を売る人間にしか味わえない楽しみだ。
シェア型本屋とか、私設図書館とか、これまでになかったスタイルの本屋も色々とあるけど、普通に本を並べて売る、というスタンダードな本屋が自分には一番合っていると思う。
なので、できればこのまま続けたいと思っているのだけど、そのためにはもっと本を売らないといけない。どうしたものかと頭を捻らせながらも、とにかく今できるのは、毎日店を開けることしかない。

今日は開店休業みたいな1日だったけど、思った以上に人は来てくれた。気を取り直して、明日からまた本屋をやっていく。


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