手帳

だんだんと冬の訪れを感じる。早いもので今年も残すところあと一月と半分程。そろそろマフラーを卸そうかな、と思うと同時に、手帳の仕入時であることに気づいた。
お恥ずかしいことだが、私が手帳を持ったのは今年が初めてである。生徒手帳なら持っていたが、書き込みづらく使っていなかった。しかし、高2が一番どの点でも忙しいうちの学校で、手帳無しに仕事をこなすのは手漕ぎ船で津軽海峡を渡るようなものである(もちろん渡ったことは無いが)。
私は本以外に金をかけない主義なので、手帳を買うのさえ渋っていたのだが、ある日家に父が懸賞で当てた黒革の手帳が届いた。
実を言えば「黒いフェイクレザーの手帳」であるが、私はこれを譲ってもらった。中身は普通の高橋の手帳なのだが、手帳バージンであった私には衝撃的な使いやすさだった。

来年はもう少し平穏な年になるはずなので、今年もまた手帳を買うのを渋っている。

黒革の手帖、といえばもちろん(?)横領である。私は銀行員ではないし、無論そんな気を起こそうとも銀座に店を持とうとも思わないが、一度だけ窃盗紛いのことをしそうになったことならある。

あれはもう7,8年位前になるだろうか。小学生だった私は、学校の有志の吹奏楽部のようなものに所属していた。毎年秋になると、地域の公会堂で各学校が合同の発表会を開いた。
無事発表を終わらせた後、ロビーにて解散となった。同じ方向に帰る友達がいなかったので、さて1人寂しく帰路につこうと思った矢先、一台の自動販売機が目に入った。

一見何の変哲もなかったが、おそらく幕間に急いで出て来て1000円でお茶を買ってお釣りを取り忘れたのだろう、800円程が残っていた。
幸か不幸かすでにロビーには人の姿は無い。
おそらく盗ったところで捕まりはしないだろう。しかし人道を逸れる行為であることは間違いない……。

葛藤しつつ自販機に にじりより始めた矢先、ホールのドアからスーツ姿の初老の男の人が慌てた様子で出て来て、件のお釣りを回収していった。

惜しいような、ほっとするような不思議な気持ちになった。
これ以降、同じような事が2,3回あったが、一度も手を出そうなんて考えなかった。