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レティシア書房店長日誌

河﨑秋子「清浄島」

 北海道在住の作家河﨑秋子は、少し前に「土に贖う」をご紹介しましたが、今回取り上げるのは長編「清浄島」(双葉社/古本1150円)です。  「エキノコックス」をご存知でしょうか。主に、犬、猫を終生宿主とする寄生虫で、人間に感染するとエキノコックス症という死に至る感染症を引き起こします。本書は昭和29年、礼文島で猛威を振るったエキノコックス症の調査に来た道立衛生研究所所属の若き研究員土橋義明の、感染症との戦いをドキュメンタリータッチで描いた長編小説です。

 「戦前、昭和11年。小樽に住む女性が膨満感を訴え、診察を受けた。上腹部が膨れていることから肝臓疾患を疑われたが、実際には従来の肝臓病とは異なる病変に冒されていた。」
この女性は、エキノコックス症であることが判明。出身地が礼文島だったのです。物語は、研究員の土橋が未知の島に渡って、悪戦苦闘しながら死に至る感染症を解明する様を追いかけていきます。でも彼は、パニック小説にあるようなスーパーヒーローではありません。島の文化や風習に戸惑いながら、島の人々との距離を少しづつ狭めてゆくあたりの描写がリアルに描きこまれています。
 札幌からやってきた応援のメンバーたちと共に、感染を食い止めようとする土橋ですが、極めて厳しい選択を迫られます。それは、島内の犬・猫の捕獲解剖です。もちろん、家で飼われている猫や犬も例外ではありません。物語の後半、島民に苦しい決断を迫り、昨日まで飼われていた犬や猫を黙々と解剖し、菌を持っているかを調べる主人公の孤独な姿が印象的です。
 「連日運び込まれる、明らかに大事に飼われていたであろうネコ。捕まって檻の片隅で震えながら人間を睨み続けるイヌ。捕鼠機で集められた大量のネズミ。それらを薬で殺し、ひたすら腸を暴く日々。研究員として長く過ごしてきた土橋にとって、後にも先にも、あれほど心身を苛む業務はなかった。」
 島民の恨みと憎しみが彼に覆いかぶさってきます。しかし、島の議員である大久保という男がこんな言葉を口にします。
「あなた方は、辛さから目を背けて心を殺し、淡々と作業するような人たちではなかった。我々人間は、悔いて、後悔して、罪を背負って、努力するからこそ未来に選択肢を増やすことができる。あなた方を見ていると、そう思えた。それが、当時の私には救いになったのです。」
 あの島には、きちんと自分のことを見ていた人がいたことを知った土橋もまた救われたのです。道内で多くの人がこの感染症で死んだ事実を織り交ぜながら、一人の青年研究者の生涯をかけた熱意と人生を深く描く小説でした。

●ギャラリー案内
11/15(水)〜26(日)「風展2023・いつもひつじと」(フェルト・毛糸)
11/29(水)〜 12/10(日)「中村ちとせ銅版画展」
12/13(水)〜 24(日)「加藤ますみZUS作品展」(フェルト)
12/26(火)〜 1/7(日)「平山奈美作品展」(木版画)

●年始年末営業後案内
年内は28日(木)まで *なお26日(火)は営業いたします。
年始は1月5日(金)より通常営業いたします。
 



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