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レティシア書房店長日誌

前川貴行「動物写真家の記憶」(新刊3410円)

動物写真家にとって、亡くなった星野道夫の存在はとてつもなく大きいものです。何を撮っても星野道夫ふうね、とか言われかねません。確かにどこかで見たなぁと思っていると、星野道夫の写真集にそれらしきものを発見することが度々ありました。

1969年東京生まれの動物写真家前川貴行にも、もしかしたらそんなことがあったかもしれません。しかし、彼にしか撮れない動物の表情をフィルムに焼き付けて、第一線で活躍しています。本年3月に発売されたばかりの「動物写真家の記憶」は、2018年から2年間「日本カメラ」に連載された「EARTH FINDER」を元に、写真を追加再構成したものです。

静岡県で撮った、今まさに大海に向かおうとしている一匹のアカウミガメ(P36〜37)や、リラックスした表情で上の方を見上げているウガンダのチンパンジー(P66〜67)。あるいは、優しい表情で季節の風を感じている宮崎県のミサキウマ(P130~131)などは、動物への愛情とリスペクトが溢れています。

「クマと対峙すると、自分が食物連鎖に組み込まれたことを悟る。そして否が応でも自然に対する謙虚な気持ちが生まれてくる。クマは巨大で、毛皮の下にある隆々とした筋肉が波打つように躍動し、気持ちが悪くなるほどに威圧的だ。」と書いている「クマと旅する」の章。ちょっととぼけたような魅力的な表情のクマに、思わず微笑んでしまいました。クマは、前川にとって、特別な存在だということがよくわかります。
青森で出会ったニホンカモシカ(P107)の、おや、こんなところで、と驚いたようなちょっとドキっとした表情も、気分を和ませてくれます。

「一握りの人たちが生み出していた刺激的な写真は、時の流れとともに、普遍的なものへと様変わりしてきた。 オリジナルを望むのであれば、自らが思うところを様々な角度で圧倒的な量を積み重ね、あとは人々と時間に委ねる。」
シャッターを押し続け、あとは時間の流れに任せる。樽の中で長い間眠り続けることで美味しいウイスキーが出来上がるように、写真作品もまた、ゆっくりとその人だけの表現を熟成させて行くのかもしれません。


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