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レティシア書房店長日誌

ミハウ・クフィェチンスキ監督「フィリップ」
 
 
映画「フィリップ」の原作は、ポーランドの作家レオポルド・ティルマンド(1920-1985)の自伝的小説として、1961年にポーランド当局による検閲で大幅に削除されて出版されましたが、すぐに発禁になり、長い間陽の目を見ることがありませんでした。2022年になって、オリジナル版が出版されたという紆余曲折の歴史を持っています。

 小説はティルマンド自身が1942年にフランクフルトに滞在していた実体験に基づいているそうです。監督のミハウ・クフィェチンスキは、第2次大戦ナチス支配下のドイツを舞台に、官能的な要素を加えながら数奇な運命をたどる男フィリップの人生を映画化しました。
  1941年、ワルシャワのゲットーで暮らすポーランド系ユダヤ人フィリップ(エリック・クルム・ジュニア)は、ゲットーで開催された舞台で恋人サラとダンスを披露する直前に、劇場に乱入してきたナチスによる銃撃に遭い、サラと共に家族や親戚を目の前で殺されます。2年後、フランクフルトにある高級ホテルのレストランで、ウェイターとして働いているフィリップの姿が映し出されます。
 そこでは自身をフランス人と偽って、戦場に夫を送り出して孤独なナチス上流階級の女性たちを次々と誘惑し、自分の娼婦に仕上げ、そして捨て去るという行動でナチスへの復讐を果たしていました。直接的にナチスドイツにレジタンスを起こすという行為ではなく、全く後ろ向きで、自分の下半身だけで復讐劇を延々と続けるフィリップの心の中はどんなに空虚だったでしょうか。
 ある日、彼はプールサイドで知的で美しいドイツ人のリザと出会い、本来の真っ当な青年の恋愛を経験して、少しづつですが変わっていきます。しかし戦争の激化とともに、勤務するホテル内で、ナチスによる惨殺や虐待が頻繁に起こっていきます。そして、同僚で親友のピエールが理不尽な理由で銃殺されたフィリップは、狂気へと駆り立てられていきます。主人公を演じたエリック・クルム・ジュニアの、虚無的で無機質な雰囲気が見事に映画全体の空気を作り出しています。
 フィリップの敵意に満ちたまなざしは、いかなる時でも油断しません。街を歩く時も、誰かと会う時も、職場でも、まるで野獣のようにギラついたその眼で私たちに迫ってきます。意表をつくようなラストシーン。この後の彼の人生を考えると、とても辛い気持ちがこみ上がってきました。
 彼はゲットーではイディッシュ語、フランクフルトでは流暢なドイツ語、ルームメイトとの会話はフランス語、さらに、愛欲に溺れる上流社会の女性にはポーランド語で迫ります。ヨーロッパ大陸の複雑な人種関係を目の当たりにした気分でした。
 ナチス将校の娘の盛大な結婚式で、出席した紳士淑女がナチスを褒め称えるような国歌を堂々と歌うシーンは、ゾッとしました。(トップの写真がそのシーンです)
 

休業のお知らせ 7月1日(月)〜5日(金)お休みいたします。

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7/10(水)〜7/21(日)切り絵展「図鑑と地図」 後藤郁子作品展
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市

⭐️入荷ご案内
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