レティシア書房店長日誌
映画「波紋」
本日は映画の紹介です。2019年に公開された映画「よこがお」で、主演していた筒井真理子の演技に感動したので、次回作に期待していたところ、さらに面白い映画に出てくれました!「波紋」です。監督は「かもめ食堂」でブレイクし、昨年公開の「川っべりムコリッタ」で、新しい境地に飛躍した荻上直子。
監督はこんなコメントを公式サイトに残しています。
「私は、この国で女であるということが、息苦しくてたまらない。それでも、そんな現状をなんとかしようともがき、映画を作る。たくさんのブラックユーモアを込めて」
まさにブラックユーモア満載の鋭い作品です。主人公は平凡な主婦の依子。家事をこなし庭の手入れをし、夫と息子のためにご飯を作り、夫の父の介護をしています。東日本大震災が起こった直後のある日、夫が急に失踪します。そして数年が経ち、依子の家は様子が変わっていました。夫のいなくなった彼女が走ったのが新興宗教でした。勧められるままに、大金叩いてグッズを買い込み、リビングには大きな神棚が飾られています。朝晩祈りを捧げることで、心の平穏を保つ日々を送っていたところ、彼女の元に、蒸発した夫が戻ってきます。
「俺、末期の癌なので、最期はお前のそばにいたい。」などと言いながら、高額治療を受けさせてくれとお金を無心してきます。夫の本音にキレそうになりながら、心を閉じ込めるような冷たい表情の筒井の表情が今も頭から離れません。なんだこのシュールな展開は!ゾワゾワしながら物語は進んでいきます。
無為な暮らしの中で、荒れ果ててゆく依子の心のバランスを保っていたのは、信仰と、庭に作った枯山水の庭でした。庭を毎朝整えることが彼女の大切な日課。実は以前の花があふれていた庭は、夫の趣味だったのです。潔癖な彼女の気持ちを表すような無機質な枯山水が印象的です。
夫が亡くなって棺桶を家から運び出す時に、葬儀社の人が庭の飛び石につまづき、枯山水の庭に遺体が飛び出してしまったのを見て、依子は吹っ切れたように大笑いをしてしまいます。更年期障害に苦しみながら、夫、夫の父、そして息子のために捧げられた人生を笑い飛ばすかのように、その庭を壊していきます。
そしてラストがすごい!雨の中、喪服姿の彼女が、真っ赤な傘をさして、フラメンコを踊り出すのです。それまでの人生をリセットした喜び全身で表現します。
震災、介護、新興宗教、差別といった現代社会が抱える問題を縦軸に、女性に覆いかぶさってくる抑圧と犠牲を横軸にして、監督は巧みな演出で日本を炙り出していきます。暗い世界に陥りがちな難しいテーマを、一級のエンタメに仕立て上げた監督の手腕に拍手です。オススメです。