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レティシア書房店長日誌

沼田真佑「幻日/木山の話」
 
 
久々に手強い読書になりました。と言っても、退屈というわけではなく、途中で読むのを辞めようとは全く思いませんでしたが。本作には八つの短編が収録されていてどの作品も、こんな風な情景描写で始まります。(新刊2090円)
「春の月影が、こんなにも明るいものだとは知らなかった。この季節に見る月は、薄雲か何かでぼうっとかすんだ、朧月夜に決まったものと思っていた。それだから光の量はささやかで、路は仄暗く、夜歩きには向かないのではとの懸念はしかし、杞憂だった。」(「ながれも」より)
 


 主人公は木山という作家です。とりとめもなく淡々と続く作家の日々が、静かに描かれます。それはどこまでも淡白で、そこはかとなく立ち上る幻のようなもので、どこか日常とは乖離しているようにも見えてきます。私たちが営む生の在り方も、砂のようにさらさらと手からこぼれていってしまうのです。人との交わりは彼にとって非日常で、ゆるやかに流れていく時の残像のような世界が小説になっています。
 物語を追うというより、詩のような情景描写と心象風景がクロスしながら、現実のような幻のような世界を、私たちもゆっくりと歩む。映画なら、ソビエトの巨匠アンドレ・タルコフスキーの耽美的な風景が映し出されてゆくといえば、どんな世界か理解してもらえるかもしれません。美しいモノクロームのフィルムを見ている様な印象です。
 木山は自分が鬱だと自覚しているのですが、しかし、己の鬱の状態に抗っているというより妄想の世界に遊んでいる様に見えます。
 「彼岸の入りに当たる、春の一日。借家の小庭の片隅にクロッカスの花が咲いているのを目にとめた木山は、ひと仕事を終えての散歩がてらに、自治会に届け出てみようと思い立ち、垢染みた部屋着の上からダウンジャケットをまとって、家を出た。 その道すがら、実生の松がちらほらと生えた広やかな空き地で、向かいの家の男の子が雪投げをしているのを見て、足を止めた。」最初の短編「早春」のこの出だしからは、庄野潤三、あるいは小津安二郎の映画みたいな小市民の日常を詩情豊かにすくい上げた作品かと思いましたが、見事に裏切られました。
 「音楽に身を任せるように、耽溺し没入する」という、帯の言葉に納得しました。

●レティシア書房ギャラリー案内
7/10(水)〜7/21(日)切り絵展「図鑑と地図」 後藤郁子作品展
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色』やまなかさおり絵本展

⭐️入荷ご案内
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
Troublemakers (3600円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
降矢聰+吉田夏生編「ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト
(2530円)
「些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)
辺野古発「うみかじ8号」(フリーペーパー)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)

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