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レティシア書房店長日誌

小川洋子「小箱」
 
 
小川洋子的世界に満ち溢れた長編小説です。まかり間違えば、ホラー映画になりかねない設定で、町に住む住人すべて、生きている熱量が全く感じられないのです。主人公からして廃園同然の幼稚園に住んでいます。

 「どうやって手入れをしたらいいか分からず放っておいた園庭は、あっという間に草木に侵食され、幼稚園の名残りも大方覆い隠されてしまった。門扉の上部に掲げられたアーチ形の看板には幾重にも蔓植物が巻きつき、判読できる文字は”ら”と"ん”しかなく、ジャングルジムや滑り台やブランコたちはみな、生き茂る木々の中、植物と区別がつかなくなっている。」そういう場所です。
 ここでは、かつて郷土資料館で、過去の遺物を展示していたガラスケースに死んだ子供の思い出を入れ、今も子供の成長に応じた品を入れていく親たちが通ってきます。主人公はこの幼稚園でガラスケースの保管をしているのです。
 「かつて郷土資料館で過去の時間を閉じ込めていたガラスの箱は、今では死んだ子どもの未来を保存するための箱になっている。収納されているのは、決して遺品ではない。死んだ子どもたちは箱の中の小さな庭で、成長し続ける。靴を履いて歩く練習をし、九九や字を覚え、お姫様のドレスを好きな色に塗って遊んでいる。」
 幼稚園に通ってくるのは、サイズの合わない崩れかけた遊具で遊ぶクリーニング店の奥さんだったり、恋人からの手紙の字がだんだん極小になって読めなくなったために主人公に読んでもらう、通称”バリトンさん”も来ます。彼は、なぜか自分の口から出る言葉が全て歌になってしまうのです。
 親たちが、亡くなった子供たちの声を聞く事のできる音楽会があります。楽器は各々手作りしますが、どれもとても小さいものです。例えば遺された細い髪を弦として竪琴を作り、それを耳に吊して丘の上の広場で風を受けると、そのたった一人にしか聞こえない音楽が奏でられるというのです。
 子供たちの身体の欠片(かけら)が鳴らす音を親たちは聴きます。主人公の従姉も、かつて男の子を亡くしていました。息子の足指の骨で作った風鈴のような楽器は従姉の耳で震え、その音はひそかに軽やかな音楽となって響きます。
 著者は東北を旅していた時に、寺に奉納されたガラスケースの列を見ます。その中には花嫁や花婿の人形が入っていました。亡くなった子供たちも、あの世ではそれぞれの人生を生き、歓びを味わっているに違いない、そう思ったところから、著者の心の中で少しづつ物語が紡がれていったのだと思います。
 耳を澄ませば、風の中に彼らの息遣いが聞こえてくるようです。はじまりから終わりまで死の匂いが漂う世界です。 独特の世界観の中で静かに暮らす人たちを、著者は愛おしく描いていきます。深い哀しみと切なさに満ちた文学作品を読んだ充足感が強く残りました。

●レティシア書房ギャラリー案内
4/10(水)〜4/21(日) 絵ことば 「やまもみどりか」展
4/24(水)〜5/5(日)松本紀子写真展
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
ジョンとポール「いいなアメリカ」(1430円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
福島聡「明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか」(3300円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
北田博充編「本屋のミライとカタチ」(1870円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
平田提「武庫之荘で暮らす」(1000円)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
「うみかじ7号」(フリーマガジン)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
益田ミリ「今日の人生3」(1760円)


 
 

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