レティシア書房店長日誌
村上春樹&安西水丸「午後の最後の芝生」
春樹のベスト1は何かと聞かれたら、私は迷わずこの短編をあげます。1982年に雑誌「宝島」に掲載され、翌年刊行の初の短編集「中国行きのスロウボート」に収録されました。一方、安西水丸も「午後の最後の芝生」を春樹最高の傑作として高く評価していて、87年に某PR誌誌上で改めて挿絵を描き下ろしました。今回、版元のスイッチ・パブリッシングが小説の中に、安西の挿絵をレイアウトして一冊の本として発売しました。(新刊1980円)
「僕が芝生を刈っていたのは十八か十九のころだから、もう十四年か十五年前のことになる。けっこう昔だ。」という主人公の独白で物語はスタートします。人の家の芝生を刈るアルバイトをしていた思春期の「僕」が、アルバイトをやめることになり、最後の仕事に出かけ、一風変わった家の女主人と短い交流を持ちます。
「僕は車の窓をぜんぶ開けて運転した。都会を離れるにつれて風が涼しくなり、緑が鮮やかになっていった。草いきれと乾いた土の匂いが強くなり、空と雲のさかいめがくっきりとした一本の線になった。素晴らしい天気だった。女の子と二人で夏の小旅行に出かけるには最高の日和だ。僕は冷やりとした海と熱い砂浜のことを考えた。それからエア・コンディショナーのきいた小さな部屋とぱりっとしたブルーのシーツのことを考えた。それだけだった。それ以外には何も考えつけなかった。砂浜とブルーのシーツが交互に頭に浮かんだ。」
いいなぁ〜。私にとって、春樹の世界ってこうなんですね。まるで素敵なアメリカ映画のワンシーンみたいです。
芝刈りが終わった後、僕は女主人に家に来るように誘われます。
「家の中は相変わらずしんとしていた。夏の午後の光の洪水の中から突然屋内に入ると、瞼の奥がちくちく痛んだ。家の中には水でといたような淡い闇が漂っていた。何十年もそこに住みついてしまっているような感じの闇だ。べつにとくに暗いというわけではなく、淡い闇だった。空気は涼しかった。エア・コンディショナーの涼しさではなく、空気の動いている涼しさだった。どこかから風が入って、どこかに抜けていくのだ。」
そして女主人に誘われて二階に上がります。そこは娘の部屋でした。部屋は隅々まで何もかも整理されています。しかし人の気配は全くありません。おそらく彼女は死んでしまったようです。持ち物から見ると18歳前後の思春期の女性です。
僕と女主人は、それぞれの喪失感を、夏の午後ほんの一瞬共有します。僕にとっては一方的に別れを告げられたばかりの彼女。女主人にとっては、亡くなった娘。
ただ部屋を見て、二人でウォッカトニックを飲んで、「『ひきとめて悪かったな』としばらくあとで女は言った。『芝生がすごく綺麗に刈れてたからさ。嬉しかったんだよ』」という女主人の言葉を聞いて、主人公はここを去ります。それだけの物語です。
春樹のノスタルジックでクールな文章と、安西の挿絵がぴったりハマっています。余白をうまく使った文章の配置も、この本の良さをさらに引き立てています。
●レティシア書房ギャラリー案内
10/16(水)〜10/27(日)永井宏「アートと写真 愉快のしるし」
10/30(水)〜11/10(日)菊池千賀子写真展「虫撮り2」
11/13(水)〜11/24(日)「Lammas Knit展」 草木染め・手紡ぎ
⭐️入荷ご案内
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)
森達也「九月はもっとも残酷な月」(1980円)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
TRANSIT 65号 世界のパンをめぐる冒険 創世編」(1980円)
SAUNTER MAGAZINE Vol.7 「山と森とトレイルと」
いさわゆうこ「デカフェにする?」(1980円)
「新百姓2」(3150円)
青木真兵・光嶋祐介。白石英樹「僕らの『アメリカ論』」(2200円)
「つるとはなミニ?」(2178円)