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レティシア書房店長日誌

川上未映子「愛の夢とか」
 
 著者の初の短編集で、第49回谷崎潤一郎賞受賞しました。(古書/文庫400円)哀しさと、如何しようもない狂気が漂う7編。
 アイスクリーム屋のバイトの女の子が、客に一目惚れした「アイスクリーム熱」。ほとんど外出しない隣家の主婦と知り合いになり、彼女のピアノを聴きに通う女性の「愛の夢とか」。いちご用スプーンで、寝ている夫の鼻を潰すという想像をする妻を描く「いちご畑が永遠につづいてゆくのだから」。自分の好きだった小説家の死亡の記事を見て、昔の約束を思い出して実行する女の物語「日曜日はどこへ」。世界が毛糸でできているという、妊娠中の妻が見た夢の話を聞く夫の「三月の毛糸」。思い入れのある庭付きの家を手放すことになるが、毎日庭を見に来てしまう女の姿を描く「お花畑自身」。若くして病死した妻が見守る夫と、実際の夫の人生のズレが浮き上がる「十三月怪談」。どの作品も著者の繊細な言葉選びが目立ち、なるほど、文学賞を受賞するに相応しいと思いました。
 

 特に印象に残るのが「お花畑自身」でした。
「悪魔がきたかと思いました、と声がしました。」と不吉な言葉で始まる物語。それまで順調な人生を送っていた50代半ばの「わたし」は、夫のビジネスもうまくいっていました。夫婦二人のお気に入りの邸宅を彼女は、細部まで綺麗に磨き上げています。特に庭に植えた花々に、深い愛情を注いで育てていました。しかし夫の仕事が蹴躓き、膨大な借金返済のため大切な家を手放すことになります。そこへやってきた女性にかつて自分が言われた「悪魔がきたかと思いました」という言葉が甦ります。作詞家のその女性は、家中をつぶさに見て回り、購入を決めます。
 「春の深まったこの時期のこの時間帯は、小さな花たちを独特の靄でつつんで幻想的に浮かびあがらせて、まるでモネの描く植物の色のなかに入りこんでしまったような気持ちになります。わたしはリビングのいちばん左端の窓辺からそれを眺めるのが好きでした。三角屋根の、手入れのゆきとどいたひかえめな花々に囲まれたひとつの家の、だんだん濃くなってゆく緑の庭ごしにみえる小さな窓から覗く自分の姿を思い浮かべるのも好きでした。少しずつ沈んでゆく薄闇に、音もなくふりつもるようなやさしい夜の匂いに、緑や白い花びらや家そのものがその輪郭をひっそりと溶かしてゆくのを、飽きもせず、わたしはいつまでも眺めているのが好きでした。 こうしてわたしの家は、あっけなくあの女のものになったのです。」
 家だけでなく、家財道具一式を買い取られて、主婦は味気ないマンションに身を寄せます。しかし、精魂込めて作り上げた家を忘れられず、昼間、近くの公園から、あの女のものとなった家を見続けるのです。そして、手入れのされていない庭を見てしまい、邸内に入り世話をしてしまうのですが、女に見つかってしまいます。ここから後の二人のやりとりは奇妙で残酷なものへと変化していきます。
 「あなたがお花畑の一部になるんですよ」という女の提案。
お花畑に埋まってゆく彼女を、見事な文体で描いていきます。一つ間違えば残酷サスペンス小説になりそうな物語を、美しい、しかし、あまりにも切ない物語で終わらせた力に感服しました。

⭐️夏期休暇のお知らせ 8月5日(月)〜9日(金)休業いたします

●レティシア書房ギャラリー案内
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市
8/10(土)〜8/18(日) 待賢ブックセンター古本市
8/21(水)〜9/1(日) 「わたしの好きな色』やまなかさおり絵本展
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展

⭐️入荷ご案内
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本2」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
夕暮宇宙船「小さき者たちへ」(1100円)
「超個人的時間紀行」(1650円)
柏原萌&村田菜穂「存在している 書肆室編」(1430円)
「フォロンを追いかけてtouching FOLON Book1」(2200円)
庄野千寿子「誕生日のアップルパイ」(2420円)
稲垣えみ子&大原扁理「シン・ファイヤー」(2200円)
「中川敬とリクオにきく 音楽と政治と暮らし」(500円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
「てくり33号」(770円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)

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