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レティシア書房店長日誌

多和田葉子(文)溝上幾久子(絵)「オオカミ県」
 
 一癖も二癖もある作品を出している日本文学者多和田葉子が絵本を書いていることに興味がありましたが、それ以上に惹かれたのが溝上幾久子の絵です。1965年千葉県生まれの銅版作家。90年代から銅版画を中心にして、書籍、新聞、雑誌の挿画、などで多くの作品を残しています。私が、彼女のことを知ったのは、ドリアン助川の「動物哲学物語 確かなリスの不確かさ」という新刊でした。動物の生態に哲学的な命題を忍び込ませた寓話集で、多くの動物を描いていました。
 本作は彼女のシュールな銅版画が、多和田の風刺的で意味深い言葉とマッチした大人の絵本です。

古書1800円

「俺はオオカミ県の出身だが、もちろんオオカミ県に住むものがみんながオオカミってわけじゃない。」というオオカミの自己紹介からお話は始まります。このオオカミ、インターネットも駆使します。そして、「インターネットには俺が知りたいことは何も書いていない。それでもいろんな書き込みを読みあさっているうちにわかったことがある。まず、都会というのはどうやら東京をさすらしい、ということだ。 そしてそこには自分のことを『兎』と呼ぶ連中が住んでいて、でも実際のところ、かれらは兎ではなくていろいろな動物なのだけれど。とにかく兎だと言わないと東京に住めないので、兎のふりをして住んでいるらしい。ややこしい話だ。」
 多和田葉子さんの文と、溝上幾久子さんの銅版画、どちらもグイグイと迫ってきます。田舎であるオオカミ県と東京が対比されて描かれます。東京では、誰もが白い兎の仮面をかぶり、自分を隠し息をひそめなけれ生きていけないというデストピア的世界が展開して行きます。
 「これはな、オオカミ県が狐と兎の毛皮を東京に輸出できないようにして、バナナ爆弾の工場の設立を受け入れるしかない状況に追い込む計画なんだぞ」と、クラスメイトのジャーナリストがオオカミに教えてくれました。地方に一方的に不都合なことを押し付ける中央の姿は今の政権や官庁の横暴そのまま。
 静かに暮らそうと思っていたのに、危険なものを製造する工場を押し付けられることになりそうなオオカミは、「そうなったらもう、犬みたいに お偉方に尻尾をふっているわけには行かねえ。ぶじゅっとオオカミになろうぜ。オオカミに。」と最後に呼びかけます。この言葉は心に迫ってきて、溝上幾久子の絵も、一度観たら忘れられない不思議な美しさと暴力性を秘めています。前のページのおとなしい犬の群れの絵が、凶暴な一匹のオオカミの姿に変身して吠えています。
 「10代から大人まで楽しめます」と表紙に書かれています。若い人にぜひ開いて欲しい!!読み終えると、気分がざわざわします。白いうさぎの皮をかぶっているのは、ネットの情報を鵜呑みにして思考停止しているお前らだ!このままでは、ええように政府に踊らされるぞ、オオカミになれ!と多和田さんに一喝されたようなラストでした。
 みんな「ぶじゅっとオオカミになろうぜ。」

●レティシア書房ギャラリー案内
6/5(水)〜6/16(日)村瀬進「植物から、本から」出版記念原画展
6/19(水)〜6/30(日)書籍「草花の便り」出版記念原画展 西山裕子

⭐️入荷ご案内
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
Troublemakers (3600円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
降矢聰+吉田夏生編「ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト
(2530円)
「些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
「本と本屋とわたしの話vol.21」(300円)

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