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レティシア書房

斎藤潤一郎著「武蔵野」

 水木しげる、あるいはつげ義春のタッチを感じるというべきか、または永井荷風的な味わいのある作家というべきか、ちょっと面白い漫画家に出会いました。斎藤潤一郎、1980年東京生まれ。3歳から5歳までカリフォルニア州で過ごし帰国。ノートに漫画を描き始めるものの、元々は漫画家を目指していなかったらしいです。web上で「死都調布」が連載され注目され、2018年には単行本化されて人気が出ました。
 「武蔵野」(古書700円)は、生きる希望もない漫画家が、武蔵野のあちこちの駅に降り、(時にはある目的をもって)足の向くまま気ままに歩き続けるだけの物語です。(「横浜」「江東区」というタイトルの、武蔵野以外の町も収録されています)

 主人公と思われる漫画家が、ふらりと電車に乗って降りるのは、観光地やトレンドな場所など全くない寂れた町です。
「多摩川の中流や、武蔵野線・南総武線沿線の地域には、田舎のような郷愁を感じるわけでもなく、下町のような情緒もない、只、時代に取り残された殺伐とした景色が広がっている。早朝の多摩川で対岸の景色を眺めているだけで寂しさがこみ上げてくるような。」と著者は説明しています。
 ここで描かれる武蔵野は、概ね東京都中西部から埼玉県南部にわたる広大な地域です。「武蔵野」というタイトルは、明治時代の作家国木田独歩の名作を思い起こさせます。国木田は、巨大都市東京にありながら、ここには豊かな自然が残っていることを描きました。現代では、そんな自然と同時に工場や、おなじみのロードサイドのチェーン店が混在していて、都会と田舎の顔が混在しています。そんな町角を主人公と一緒にうろついていると、なんとも言えない寂寥感が広がってくるのが不思議です。
 関西の人間からすれば、武蔵野といってもピンとこないかもしれませんが、ここでは全く問題はありません。ゆる〜い雰囲気と、なんとも言えない「間」が醸し出す武蔵野を、旅してみてください。




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