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殺すと言うなら殺してみせよう


 女がカウンターに短剣を置くと、琥珀色のショットグラスが氷を鳴らした。

「これはね、魔剣なの」

「魔剣?」

 俺が繰り返すと、黒髪の女の横顔が妖しく笑む。俺と似た地味なビジネススーツを着ているくせに、魔女みたいな奴だ。声をかけるべきじゃなかったかな、と少しだけ後悔が湧く。

 どうぞ、と女が手のひらを向けた。俺は短剣を手に取った。

 古めかしい短剣だった。女と同様、柄も鞘も漆黒で、形状は鋭い。装飾は少なく、シンプルな美しさがあった。

「抜いてもいいのか?」

「いいわよ」女は自分の喉元に指をあてた。「私をしてみる?」

「まさか」

 俺が笑うと、女が指さした喉元に赤の一文字が刻まれた。一瞬の間を置いて、血がどくどくと溢れ出した。

 俺は絶句した。女は笑っていた。悲しそうに笑い、嬉しそうに泣いていた。ゆっくりと傾げていきながら、女は唇を動かした。俺の目はそれを追った。「やっと」「見つけ」「た」

 女はショットグラスと共に床に倒れた。血とウィスキーが混ざり、床に広がっていく。

 何が起きた? 何でこの女は倒れてる? 決まっている。俺の手が振り抜いた短剣のせいだ。銀の刀身が赤く濡れていた。抜いた自覚は今もなかった。

「ひいいっ」バーテンダーが磨いていたグラスを落とした。「人し!」

「ち、違う! 俺は」

 弁明する俺を遮るようにして、俺はカウンターに身を乗り出し、バーテンダーの額に短剣を突き刺した。溶けかけのアイスに木匙を刺すようだった。俺が短剣を抜くと、バーテンダーは酒瓶を道連れに崩れ落ちた。

「あ……あ……」

 俺は混乱の絶頂にありながら、薄暗い店内に誰もいないことを確認した。味わったことのない安堵を覚えたが、恐怖は消えなかった。俺は短剣を放り棄てた。

「坂上、さん」

 倒れた女がかすれ声で俺を呼ぶ。女はスマホを差し出した。

「おね、がい。その魔剣、で、この男を。し、て」

 俺は女にのしかかり、心臓を突いた。いつの間にか手に戻っていた短剣で。


【続く】

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