絵葉書 #シロクマ文芸部

 読む時間がなかったわけでも、気にしないようにしていたわけでもなかった。磨きあげたように青い空と時代に空間ごと存在を忘れ去られた白い教会、イルミダ・デ・サン・セバスチャンの写真──消印は一年ほど前のちょうどいま頃の季節で、アルヴィト*ポルトガル・アレンテージョ地方からのものであることを示していた。目に留まればすぐに気づいただろう。ほかの書類や手紙のあいだにまぎれていたのかもしれない。開け放った窓から潮風が運ぶ黄金こがね色と波の音がしたたり落ち、鈴虫たちが愛の詩を歌うのが聴こえた。ダン・タイ・ソン*の「沈める寺」ドビュッシー作曲前奏曲集第一巻を流しながらしゃがみ込んでスーツケースふたつ分を荷解きしていると、ソファーの下から一枚の絵葉書が出てきたのだ。濃くて深い青のインク、大きすぎず小さすぎず、僕の住所と名前だけ書かれており、あのひとらしく慎み深く美しい筆跡だった。それが彼女のものかどうかはわからない。別の誰かのものかもしれない。けれども、僕に絵葉書を送る人物は限られている。

 過ぎ去ってしまったあと恋焦がれる季節──あんなに汗ばむのを憎んだのに。いくつかの雨のあと、秋がようやく舞い降りて、熱に浮かされたかのような、あの季節の痕跡を探すかのようにして僕はポルトガル・リスボン行きのチケットを手配していた。あるいは、名を書き呼ぶことに呼応するかのように。

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この物語はフィクションです

註釈
* ダン・タイ・ソン(鄧泰山、ベトナム語:Đặng Thái Sơn / 鄧泰山、1958年7月2日 - )は、ベトナム・ハノイ出身のピアニスト。

*アルヴィトはポルトガル・アレンテージョ地方エヴォラから南に50kmほど離れた静かな田舎町。

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