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とるにたらない日曜日

 とるにたらない日曜日の前日はとるにたらない土曜日だ。これは世界中の誰もが分かりきっていることであり、ショーペンハウアーですらこれについて「なんびとにもせよ、まったく突如として、人は生きているのである」と言い異論の余地なしとしている。

 とるにたらない土曜日の前日はとるにたらない金曜日だ。その日、僕はとるにたらない駄文を書き殴り続けていた。愛すべき僕のランニングマンへの献花的感想文を勝手に書き殴っていた。僕は祖父が死ぬほど大事そうにする夏目漱石全集から講義論をしている箇所を探し出し、そのあと僕の命よりも大事にしているサルトル全集のシチュアシオンIVと新訳版『嘔吐』のマロニエの木をロカンタンが見て不安と吐き気を催すあのスーパーエキセントリックで最も重要なシーンをふたたび読んだ。

 やがて朝になり、とるにたらない土曜日がやってきた。僕が散歩に出かけると、太陽が東の逗子方面から顔を出している。僕は七里ヶ浜海岸から稲村ヶ崎海岸までを何往復かし、いつものようにありとあらゆる蜃気楼の向こう側の人物たちとランニングマンの感想を書いて良いのか相談した。ランニングマンのことを批判的に書くことは許されない。大衆に迎合し、「寄り添う感情が素敵で、喪失感を書かせたら天才だ」的なものを大絶賛しながら醸し出さないとコアな読者とは言えないのである。だから僕は彼らに相談せねばならなかった。西村さんは、「そんなのどっちでも良いんじゃないかなぁ、サルトル仮称くんが書きたいこと書いたら、まぁ僕が最近出てきてないのはやや不満だけどね」と言い、カツラを付け直し、ハナオカは事もあろうかかなり厳しい表現と共に僕に苦言を呈した。「わたくしが思っていることを率直に申し上げてよろしいです?」と聞くハナオカに僕が「どうぞ」と返すと、ハナオカは僕の感想文のみにとどまらず、僕のいずれ自費出版するであろう妄想日記にまで踏み込んだ話をし始めた。
「時間というのは限りがあるのです。ですからサルトルくんの誤字脱字だらけで、時には不快極まりない、チラ裏なんて誰も気に留めやしませんし、タイトルと1行目を読んであとは古本屋行きですよ。無名の中二病患者が書いた自費出版の本なんかより、よっぽど江國香織さんとか小川糸さんで時間を費やした方が良いわけでございます。何しろサルトルくんの下劣でデリカシーのないナンセンスな世界とは対極にありますから。」
そう一気に捲し立てるとハナオカは僕のメモ帳を一瞥して、更にこう付け加えた。
「ゲーテのファウストでこういうセリフがあるんです。『父祖の遺したものを完全に自分のものにするためには自ら獲得しなさい』つまり、自分の頭で良く考えろ、と」
僕は辟易としながらハナオカが話終わるのを待つ間、「自分で僕は考えてるし、少なくとも言ったり書いたりしたことをなかったもののようにしたことはない。僕のどうでもいいゴミみたいな言葉に一応責任を持ってはいる」と反駁したい衝動に駆られていた。そうでなければ、ウッカリ読んでしまった人たちが報われない。僕が何かを書く、それに対して、別の誰かが幸運にも呼応する、僕はその呼応に対して少なくとも1時間くらいは考えてからこういう出だしをコピーandペーストする。
「さん、こんにちは♪
コメントありがとうございます♪」
僕はこの2行ワンセットをいつもさまざまな地球環境への想いと怪しげなコメンテーターたちに僕のありったけの精子をかき集めて力の限り射精し、愛のあるペーストをするのだ。世の中の消耗的な資本主義的経済活動と僕のこの2行のコピーandペースト(以下コピペと呼ぼう)は全く違うものであり、僕のコピペには地球への、人類への愛が込められている。それに僕の精子を塗りたくられているということは、僕の言葉は僕の分身であり、血であり肉であり、マスターベーション活動そのものでもあるのだ。
「ハナオカさんの言う通り、僕が僕の散文を誰かに読んでもらいたくて、立て続けに僕の妄想日記を全世界に浮遊させ、感想をもとめると、『それより江國さんとか面白いですよ』って謎の切り返しを食らうくらいに、僕の散文はデリカシーがないし、卑しいのかもしれない。それでも僕は傷つくんだよ。わずかな奇特な読者諸君からの手紙にこれまで誠心誠意を込めてコピペスタートしていた。その労力だって計り知れないし、そもそもだったら僕のことはほっといてくれって気にもなるだろ?僕の言いたいこと、支離滅裂だけどわかるかな?」

 ハナオカは居なくなっていた。西村さんと既に合流する為、僕の現場から出て行ってしまっていた。

 僕はそんな風にして、とるにたらない土曜日をやり過ごし、さまざまな屈辱と恥辱にもみくちゃにされながら、とるにたらない日曜日を迎えてしまったのだ。

 そして今は、「どんなジャンルをお読みになりますか」と手紙を出してきた新たな自己啓発書ソムリエール氏にいつも通り「何でも読みますが、あなたの子どもの頃読んだ本で1番好きなものとその理由や状況をお話聞かせてください」と返信し、いつものように、更なる返信を待っている。犬のように。

この物語はフィクションです。

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