とりとめのないこと2023/04/14 ビニールハウスとその不確かな苺
「街はたくさんの苺にまわりを囲まれてるの」─── 二年と四ヶ月、私は生きていて初めての経験であった。あるいは誰かが好むと好まざると、この先も季節が繰り返すようにこの出来事も繰り返されるのかもしれない。
私は男にいちばん大きいやつを取るようにと示唆し、あるいは小さきものを摘み取ろうとしてママに制止されながら、十五粒ほどの苺を喉に流し込み歩き続けた。
二年半弱の古い夢が、苺によって薄くグラデーションをかけられるかのように混じりあってゆくのを私には止められなかった。
三十分───あらゆるものが私の煌めきの中へと溶けてゆくにはまだ十分ではない年月であり、車の中でママと私の電池が切れるには十分な時間である。
私には未知に満たされた現在しかない。やがて今日という一瞬は「永遠」と名付けられ私の忘れられた街へと向かうだろう。「何かを意味するかもしれないし何も意味しないかもしれない。しかしたぶん何かは意味しているはずだ。*」スーパー・マーケットでエンジン音が消えた。男だけが車から降りた。彼とはやがてまた会うだろう───赤のあの甘酸っぱい香りに満たされてゆくのを意識した。私たちが好むと好まざると自然に瞼は閉じられた。ねじれた世界が暗闇に包まれてゆく─── そのようにして私は彼に現在を記録させておくことにした。
*村上春樹さんの新作刊行メッセージより引用
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