見出し画像

円弧を描く

Andataを聴きながら

沈丁花や木蓮が強く匂い立っていた三月は急ぎ足で駆け抜けてゆき、花びらがアスファルトや土に舞落ち、若い薄い緑とグラデーションを織りなすかのように四月も過ぎて行く。

南の高いところを見る。僕の遠い故郷、獅子座のレグルスが一段と明るく輝く。その近くのデネボラと乙女座のスピカ、うしかい座のアークトゥルスが春の大三角形を描いている。

素敵な女の子は、レグルスで、たったひとりで僕を待っている。彼女は今頃なにをしているのだろう。そのことを考えている間、僕は時間が止まる。

地球から77.63光年先の獅子座レグルス───高速で自転するその星は遠心力が重力を上回りやがて崩壊する運命にある。
素敵なあの女の子はそれでもレグルスにぽつんと立つ、決して来館する者のいないアッシュルバニパル図書館で春の星座表を開き、傷付いた地球を優しく撫でる。

もしも、きみがまだ地球から離れていなければ、きみはどんな風に今の僕を描くのだろうか。
僕は駆け抜けていく三月にきみを呼び戻した。
物語の中で話かけることもできたかもしれないけれど、僕らは物語の中で出逢うことはなかった。

でもきっとまた話す機会があるだろう。
僕がいくつかの物語たちを街に建てるとして。
白む夜、まだ夢の続きを見たくて、朝日を避けるかのように、その建物のどれかに僕は迷い込むかもしれない。そうしたら、そこできみと逢うかもしれないし、すれ違うかもしれない。

踏切がずっと鳴る。
朝の一番の電車が走り去っていくのを僕はぼんやりと車の中で眺めて、レグルスがもうどこにも見当たらないことに気がついた。
朝日の中で、夢から醒めて、今日もまた始まった。

物語を書いたんだ。きみもいた気がする。
きっと書くことに、たくさんの想いがあっても、物語はいつも僕の中心を回る惑星たちのどれかからスタートする。
僕を乗せたロケット・ペソア号は円弧の軌道を描きながらさまざまな星々のさまざまなひとたちの暗いものや明るいもの、あるいはひとりの人間の多面性を見なきゃいけない。
空を見上げたら、赦す/赦さないを超えた愛が、その円弧の軌跡として残る。

おはよう、世界───いくつもの物語の中で、いまもきみは生きている。

読んでくださってありがとうございました。
何とお礼をしたら良いのかわからない。
だから散文詩を書きました。

いただいたサポート費用は散文を書く活動費用(本の購入)やビール代にさせていただきます。