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消されゆく物語

本日はいつか名作児童文学からもしかしたら消えてしまうんじゃないかと思っている作品を。

世界名作劇場でアニメ化もされたこの作品。
いたずら坊主のトムと浮浪児のハックが活躍するこのお話は、児童文学の名作として親しまれてきましたよね。
私も大好きでした。
自由気ままに生きるハックと境遇の違いを気にすることなく友情を育み、愉快に遊び、時には助け合い成長していくトム。叱られたり怖い目にあったりもするけれど、子供らしい独創性と大胆さで切り抜けていくところは痛快ですよね。
アニメ版のツリーハウスにももちろん憧れました。もう一度見たいな、再放送しないかな、再放送されたら甥っ子達にも見せたいな、なんて思っていますが、きっと出来ないのだろうなと思います。
今、この物語を取り巻くものがどうなっているのか、私は知らないのですが、一応児童文学全集などには収録されているようですので、かつての『ちびくろサンボ』のような運命は辿らないのかな?とは思っているのですが、どうでしょうか。

消えゆくかもしれないと思っている理由は、この作品に登場するインジャン・ジョーの描かれ方です。ネイティブアメリカンと白人のハーフで街のはぐれ者、狡猾で恐ろしい殺人者として描かれる彼は、アニメ版でも不気味な描かれ方をしていて、今放送したらきっと問題にされるのだろうなと思います。
トムは孤児ではありますが伯母さんに引き取られていて、暮らしむきからするに中流家庭なのかな?そんなトムといわゆるホワイトトラッシュであるハックは対等な友達ではありますが、この辺りも捉え方によっては難しそう。
本国アメリカではどんな扱いになっているんだろう。『風と共に去りぬ』が上演できないんだったら、『トム・ソーヤー冒険』も……。と思ったりしております。
これまたちゃんと友情は育まれているものの、『ハックルベリー・フィンの冒険』では逃亡奴隷であるジムが描かれていますしね。
もちろん、『風と共にさりぬ』が問題視されているのは白人に都合の良い形で黒人の使用人が描かれているからだということはわかっていますし、この作品での描かれ方は少し違うということはわかっています。ジムの描写はそれほど問題はないのかなあ。となるとやはりインジャン・ジョーがネックでしょうか。
インジャン・ジョーの描かれ方に関して言えば、差別的です。さあこれがどう転ぶか。
私個人の意見としては、そういう差別があった時代に書かれたものも子供に触れさせることは悪いことではないと思っています。この時代の価値観はこういうものだった、けれど差別というものはしてはいけない、よくないものだから、本当はこういう風にこの登場人物を扱うのはいけないことだよね、と教えてあげれば良いことだと思うんですよね。なんで良くないかを一緒に考えられればなお良しかなあ。
西部劇なんかもTVでは全然やらなくなりましたもんね。
よくない表現から遠ざけたところで、生きていればいずれどこかで何らかの差別、というものには行き当たるわけで。黒人奴隷の描写がある作品から遠ざけても、現実の世界ではいまだそのしこりは残っている。となると、歴史、としてきちんと認識して学び、理解していく方が、結果差別というものに批判的になれるのではと思うのです。
なにより物語としてはとても魅力的なものがたくさん詰まっているのに、一点を問題にして大人にしか手が触れられないところに置いてしまうのはもったいない。
悪知恵を働かせて友達にお仕置きを肩代わりさせてしまうトム、偏見というものから自由に解き放たれてハックと遊ぶ彼の姿は子供らしいたくましさに溢れていてとっても魅力的です。
political correctnessに拘泥するだけでは学べないこと、それを知ることができるのも物語の魅力ではないでしょうか。
子供の頃、恐ろしいと思ったインジャン・ジョーのことも、大人になって思い返せば、そうならざるを得なかった彼の境遇に思いを馳せることだってできるのです。開拓時代の対立の名残りがある南部で、白人とのハーフとしてどちらにも属せなかったのであろう彼の悲哀というものもまた、その時代に書かれた物に触れ、そしてその偏見を感じることでより深く考えることができるように思っています。
これは良くないことだよ、と教えることは簡単です。けれどなぜ良くないのか?なぜ良くないことが起こっているのか?それを考えることは難しいのです。でも考えることのほうが大切。

誰もが忙しい今、子供と共にそれを考えることは難しいかもしれません。けれど子供の素直な感受性というものは侮れないと私は思うので、寄り添って共に考えることが難しくても、ガイドになるような物語を置くことはできるんじゃないかな?と思ったりも。
例えばトム・ソーヤーを読んだ子に『ポカホンタス』を見せてあげたり、ハックルベリーフィンを読んだ子に『アンクル・トムの小屋』も勧めてあげる。高学年や中学生なら『ダンス・ウィズ・ウルブス』なんかもいいかもしれないなあ。

映像作品に比べると紙の本はなんとか生き残る傾向にあるので、埋もれていかないでほしいな、と思います。

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