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限りある時間を意識してもらうということ

ずいぶん昔の話。

不登校の中学生を担当している若手医師から相談を受けた。
毎回の診察で、母と本人が1時間ずつ喋るので、合計2時間もかかってしまうという。他の仕事に支障が出てしまうし、今後どうしたら良いでしょうか、と。
そこで、次のようなアドバイスをした。

まず、診察時間の長さを厳密に決めたほうが良い。二人合わせて30分が限界だと、二人に明確に伝える。
次に、30分の使い方は二人に決めてもらう。診察室に別々に入って、母10分、本人20分でも良いし、その逆でも良い。診察日によっては二人一緒に入って30分でも良い。これは毎回の診察前に、二人で話し合って決めてもらっておく。
この「診察時間の配分について二人で話し合うこと」も、現在のギクシャクした母子関係にあっては、一つのコミュニケーションになるはずだ。しかも、テーマが「診察の時間配分」なので、大して深刻にならずにすむだろう。

想像するに、母子ともに、診察で毎回1時間も喋るということは、家族や友人間でのコミュニケーションも、一方的に喋り倒すようなものなのかもしれない。1時間ずっと説教とか、友だちの様子に頓着せず話しまくるとか。 そういう習慣があるかもしれないこと、それを少し変えることを視野に入れてはどうか。

診察の時間設定をすると、診察の終わり間際に、大切そうな、あるいは深刻そうな話題を持ち出されることがある。そこに反応してしまうと、診察時間が引き延ばされる。だから、そういう時は、 「その話は次回にしましょう。そして、次は大切な話からするようにしてみましょう」 と伝える。

若手医師に覚えておいてほしいのは、「診察時間内にすべての問題を解決しようとしない」こと。 たとえ週に一度の外来で2時間診察しても、家にいる時間の2%にも満たない。 大切なのは診察と診察の間に、本人や家族が何を考え、どう行動するかだ。毎回の診察は、そのためのきっかけになるよう意識する。

こういうことを伝えてしばらくしたある日。
若手医師の出張中に、その母子が予約外で来院した。私の外来は混雑していたので日を改めてほしいと伝えたが、母が「どうしても今日話さないといけないことがある」という。しかたなく、事前に受付職員に「20分だけ」と告げてもらい、母子で時間配分を決めてもらった。 「初めての先生だから、診察室には一緒に入りたい」との希望。

診察の冒頭で、「患者情報は共有しているので、だいたいの状況は把握しています」と説明したうえで、予約外の受診理由を尋ねた。すると、私が状況は把握していると伝えたにもかかわらず、母は過去の経過をまくしたてるように話し続けた。これだけで10分が経過。母の話の隙をついて、「どうしても今日話さないといけないことというのはなんでしょう? 残り時間はあと少しですよ」と時計を見せた。

それでも話はあちこち飛び、残り2分になったところで、それまで無言だった本人がボソッと「あとちょっとしかないよ」。これは良い徴候だと思った。
20分ピッタリで「今日とれる時間はここまでです」と終了。母は話し足りずに不満そうだったが、「次の患者さんがいますので」と退室を促した。
こういう練習を毎回やっていく。母子も、若手医師も。

その後すぐに私は退職したので、若手医師とこの母子がどういう治療を築いたのかは分からない。

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