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ボーカルセラピーと精神科の「メール診療」について

抗精神病薬が登場する前の精神科医サリヴァンは、精神療法だけで多くの統合失調症患者を回復させた、と言われている。
患者の中には、現代の基準だと同病の診断には当てはまらない人もいたと思われるが、なにはともあれサリヴァンは薬なしで治したらしい。

そのサリヴァンは、

「“Verbal therapy”というものはない。“Vocal therapy”があるのだ」

と言っていたそうだ。
つまり、精神療法にとって「言葉の意味」そのものより、治療者の声の調子や抑揚、テンポなどが重要ということだ。

これは多くの人が実体験で分かると思う。同じ「大丈夫だよ」と言われるのでも、それがどういう声の調子かによって、受け取る印象は大きく違う。

さて、少し話は変わり、精神科の主治医による「メール診療」(メールによる相談受けつけ)が可能かどうか、というのが過去に話題になった。
結論から言えば、患者によって有効な場合もあるし、無効どころか有害な場合もあるだろう。
「メール診療」が期待通りの効果を持てるかは、「患者がどれだけ主治医の姿と声を脳内再生できるか」にかかっている。

これは親しい友人や家族とLINEでやり取りすることを想像すると分かる。
彼らから「バーカ!」とメールが来ても、その状況におけるその人の姿と声がありありとイメージできるので、それが呆れているのか、それとも温かみのあるツッコミなのかはすぐに分かる。逆に、あまり親しくない人から、そういうLINEをもらうと、本気なのか冗談なのか分かりにくくて戸惑うはずだ。

ここで、メール診療をきっかけに通常診療も考えてみる。

通常の診療で、診察が終わった後から次回の診察まで、「患者が主治医の姿、声、雰囲気をどれだけ覚えているか」というのはわりと大切である。
主治医の温かみや包容力や頼りがいなど、患者がなんらかのプラスイメージを抱き、それがどれだけの期間その患者の中に保たれるか。それはいわば「主治医イメージの賞味期限」のようなものである。その賞味期限が、次回外来日を設定するにあたって大事になる。

賞味期限切れのものを食べる時に少し勇気がいるように、主治医イメージの賞味期限が切れたあとで、病院に行って診察室に入る、というのは、きっと同じように少し勇気がいる。
そして、いわゆる「状態が悪い時」は、主治医イメージを保持するための余力もないわけだから、賞味期限は短くなる。こういう人に1週後の受診を指示する理由は、単純に言えば「状態が悪いから」なのだが、実は「主治医イメージが保たれる期間がそれくらいしかない」ということでもある。
この賞味期限を読み誤って次回予約を長めにとると、その患者にとっての次回診察は、「初めて会うのとほとんど変わらない医者のところに行く」に等しいことになる。

メール診療が機能するには、「患者が主治医の姿と声をありありと脳内再生できる」ことが大切と書いたが、メール診療を「賞味期限の延長装置」として利用する方法はあるかもしれない。メールのやりとりを通じて、主治医の姿や声を思い出してもらうのだ。

とはいえ、「メール診療」は一部のクリニックでやっているくらいで、今後もそう拡大しないだろう。先に書いたように、精神療法とは「言葉の意味そのものでやることではないから」である。そもそも「言葉の意味」だけで治るのであれば、そうした言葉をまとめた「秘伝の書」があるはずだ。

そう考えてみると、精神科医とは歌手みたいなものだ。
ただ歌詞を読みあげても、人を感動させることはできない。上手に歌えるからといって、聴き手の胸を打つとは限らない。ところが、3歳の子が80歳の祖父に一生懸命にハッピバースデーを歌えば、それがいかに拙くてもこころに響く。
要は、どういうステージを用意して、どんな声でどう歌うか、そして歌い手と聴き手との関係性が大切なのだ。
なるほど、サリヴァンが「ボーカル therapy」と言ったのもうなずける話である。

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