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【100分de名著を語ろう】『存在と時間』第4回:『存在と時間』を超えて

こんにちは。4月27日06:24です。(水)お越しくださいまして、ありがとうございます。

今回のnoteは、Eテレ「100分de名著」の『存在と時間』第4回放送分について語るclubhouseルーム「100分de名著を語ろう」、4月28日(木)21時から開催分のレジュメです。第1回・2回分についても言及しているので、3回分について書いたレジュメのURLを添付しておきます。ご参照ください。


第4回のテーマは、「『存在と時間』を超えて」です。ハイデガーは、なぜナチスに加担してしまったのか。彼の弟子であり、批判者であるハンナ・アーレントとハンス・ヨナスの批判的継承について取り上げられています。以下、テキストの「小見出し」に連番を振って記載をしておきます。テキストのご執筆は、戸谷洋志さんです。

①混乱に投げ込まれた『存在と時間』
②ハイデガーによるナチスへの加担
③ハイデガーの空回り
④戦後の哲学者たちからの応答
⑤露にされたハイデガーの行動記録
⑥アーレントからの反論――「仲間」からの切断
⑦「複雑性」を発揮していく「活動」
⑧ヨナスからの反論――何を決意するべきか
⑨子どもへの、そして未来への責任
⑩『存在と時間』を両義的に読む

と、ここまで書いた後で、番組の録画を視聴しました。番組では、ハイデガーは「仕方なく」ナチスに加担していたわけではなく、むしろ積極的に利用しようとした側面もある点について言及しており、2人の弟子の批判を取り上げています。すなわち、ハンナ・アーレント(1906-1975)とハンス・ヨナス(1903-1993)です。

アーレントは、世人の支配から抜け出るために、良心に耳を傾けて「決断」し、「責任」を引き受けたとしても、そのこと自体からは決断の内容は引き出されてこないため、良心「とされる」ものの暴走は止められないとしていたと思います。むしろ、責任を引き受けることは、孤独を招き寄せてしまう危険さえあるとしていました。そこに「共通感覚(コモンセンス)」と複数性を重視し、仲間とする人々との連帯を積極的に評価しようとした態度が見られます。

アーレントは、ハイデガーを批判しながらも、戦後に和解をしていたのですが、ヨナスは終始批判的であったようです。ヨナスは、他者への責任、特に、未来や子どもに対しての責任を重視しました。内容についての言及は、ここまでとしたいと思います。

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これらを元に、28日のルームでは話し合いを進めてまいりたいと存じます。『存在と時間』に関しては、講談社現代新書からも概説書・入門書が刊行されています。戸谷洋志さんに関心をお持ちの方は、『原子力の哲学』や『Jポップで考える哲学』などが入手しやすいものと思われます。ご参照ください。

なお5月度は、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』について、山本芳久さんがご担当されます。6月度には、安部公房『砂の女』をヤマザキマリさんがご担当されるそうです。お楽しみになさってください。それでは、28日にルームにてお会いいたしましょう。




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