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無書店自治体増加報道を考える            (午郎’S BAR 4杯目)

JPICの調査

昨年12月にJPIC(出版文化産業振興財団)が調査した書店ゼロ自治体(無書店自治体)の割合等の数値が、最近また朝日新聞の記事に取り上げられたことでネット上を賑わしている。私も個人noteでこの課題を取り上げたことがあるが、記事を読んでいると感情的、且つ抒情的なものが多い。ここは一旦冷静になって無書店自治体ができる要因と、このテーマについて考えるべきポイントをまとめてみよう。

そもそもこのJPICの調査における無書店自治体とはその行政地域内に「大手取次(日販・トーハン等)と契約をして営業販売している新刊書店」が1軒もない自治体のことを指す。ひとつのポイントは単位が自治体であること、またもうひとつのポイントが、書店と言っても古書店はカウントされていないこと、且つ、新刊書店でも大手取次と契約していないいわゆる独立系書店はカウントされていないこと。これが現在全自治体(1741)中456存在することを示した調査結果である。私独自の調査では2013年データで328。10年で128増えた(約40%増)ことになる。(全体の19%→26%になった)。ここで取り上げたいのは数の大小の重要性ではない。
なぜ無書店自治体は出来たのか(原因)と、なぜそれを問題視したいのか(調査の目的とその背景にあるもの)である。

原因

無書店自治体が出来上がった構図は書店業界の縮図が一番色濃く出た部分がそこであるから、と考えている
大枠で括れば
「儲からないから書店をやめざるを得ない確率が高い地域だった」
と言うことだろう。
なぜ儲からないかと言えば
1.稼ぎ頭であった商材が売れなくなった(雑誌、コミック)
2.顧客が他のコンペティターに流れた(大型書店・ネット書店・公共図書館指定管理)
である。

商材が売れなくなったのは書店業界共通課題であり、顧客の流失は書店業界周辺での過当競争が激しくなったことを指す。
細かく説明すれば1はインターネットによるパラダイム変換によって、そもそも書店の主要な稼ぎ頭であった雑誌がその存在意義を大きく棄損し、現在では売上が最盛期の30%前後まで落ち込んでいる状況であり、またコミックは電子書籍での購入率が紙媒体を超えたため、そもそも書店の売上が単純に考えれば半減した。書店の利益構造は薄利多売とコストの圧縮で初めて利益が出せる。そんな中で主要な売上の源泉が棄損すれば、書店の経営に影を落とすのは当然である。

2は本の買い方の変化も含めて、競合相手が増えたことが要因である。
順番からするとまずは大型書店の登場か。それまでは確かに大きな書店、小さな書店が存在したが、ある程度の役割分担はあった。近くてすぐ買える最寄りの書店(雑誌やコミック、売れ筋の本)、ちょっと遠いけど、欲しい本が近くの書店にない場合の選択肢である大きな書店。但し今のような情報化社会ではなかったから、「この本が欲しい」というような情報も少なかった。しかし、情報が増えれば増えるほど、小さな近くの書店では物足りない(蔵書数が少ない)、大型書店に行こう、という流れが出来上がり、且つ本を買う、という行為が「日常」から「ハレ」に変わってしまった結果、最寄りの小規模な書店を利用する回数が減った。

そしてネット書店。もはや日常でもハレでもなく、「ついで」である。冊子の通販は数日で届く(最寄りの書店経由で発注すると1,2週間掛かるのに、である)。本を買いに行くのにかかるコストや手に入るスピードを考えれば、送料が付いても十分価値がある。また、電子書籍は場所を取らない、且つすぐ読める。書店は扱えないから指をくわえてみているしかない。(ちなみにネット書店の影響は大型書店にも出ている)

トドメが公共図書館指定管理。図書館と書店の関係は微妙である。かつてはその自治体の図書館で購入する本は、その自治体の中の書店組合に発注するのが不文律であったが、「指定管理制度」が2003年に施行されてから、多くの公共図書館はその地域の書店の敵に変わった。指定管理業務は小売りではなく、人材派遣業に等しい。そうしたノウハウは地元書店には乏しい。よってそうしたノウハウを持つ自治体外の企業に任せるケースが増えた結果、地元の書店組合は図書館からの受注が無くなった。そして新刊の売れ筋小説などが複数部数蔵書され、図書館利用者が増加する一方、地元書店の売上が落ちて行ったわけである。

こうしてみてみると朝日新聞の記事で出てきている「ネット書店への規制」や「公共図書館への貸し出し制限」などは一見的を射た施策のように見えるのだろうが、根幹である「雑誌の商品競争力の低下」や「コミックの電子書籍比率の拡大」といった課題解決には繋がらない。そもそも「書店」という小売チャネルの今後の在り方を変えていかない限り、無書店自治体数は今後も増えざるを得ない。

調査の目的(と思われるもの)とその背景

JPICのデータでは全自治体数1741 無書店自治体数456 自治体全体の26.2%に書店がない、と示しているが、そもそもこれは何のために集めたデータなのか?
前述の通り、私はポイントを2つ挙げた。
①このデータの単位は自治体である
②調査対象は新刊書店である

おそらく、ではあるが無書店自治体の存在が問題視されるのは、生活圏内に本を買える環境がないことが、そのエリアの住民の読書環境を低下させ、ひいては「文化度の低下」に繋がる、という危機感からである。

調査対象の区分が自治体単位になったことは十分理解できる。それは区分がしやすいからに他ならない。しかしこの区分には大きな落とし穴がある。それは
①自治体の面積と人口は各々大きく異なる。
②自治体の中にも「書店のある地域」と「書店の無い地域」が存在する。

例に取れば浜松市。平成の大合併により巨大化した市だ。無書店自治体の調査では浜松市には書店がある。では書店があるとカウントされた浜松市の実態はどうかと言うと、極端な例になるが、JR飯田線に「小和田」という駅がある。静岡県と長野県の県境に位置し、秘境駅ランキングなるものが毎年更新されているが、2023年は3位にランキングされている駅だ。この駅の住所は「静岡県浜松市天竜区・・・」である。秘境駅なので周辺の人口は本当に少ないのだが、ただ無書店自治体の調査ではこの小和田駅周辺も浜松市であるので、自治体に書店はある扱いになっている。実際のところ小和田駅の最寄りの書店を調べてみたが、同じ浜松市の最寄りの書店に行くのに車で2時間(約80km)、県を超えて長野県飯田市にある平安堂飯田店まで車で1時間(約50km)。確かにいけないことはないが、では日常的には、と言われれば少し無理があるだろう。

本来この調査は、生活圏に書店の無い人たちがどのくらい存在して、それがどのような問題をはらんでいるのか?をクローズアップさせるためのものであるのに、何となく単純に無書店自治体の数が増えていることが問題であり、且つ、その率が高い都道府県の存在も問題であるかのような数字の動きを捉えているように思えてならない。

多分自治体単位で考える根源には、その解決策を「行政の援助やサポート」を期待しているから、とも考えられる。実際そうした取り組みを行っている行政も存在するが、それがスタンダードな姿となりえるか?と言えばまず無理であろう。書店という特定の業種だけを行政が支援する形はあまりにいびつであるし、書店も本来の産業としての在り方を自ら放棄しているようにも感じてしまう。

また、調査対象が新刊書店のみ、というのも本来の目的(であろうもの)とは違和感がある。新刊書店は存在しなくても公共図書館は殆どの自治体で保有している。こうした議論の中で必ず言われることは「本を買う習慣が無いと本を多く読まない」である。
しかし、それならばネット書店もあるので、本を買うインフラは十分整備されているはずである。その中で「新刊書店」に拘るのは、書店という産業を維持したい気持ちに他ならない。事実私も今までそのように考えて、この課題を深堀してきた。

こうした背景を考えれば、もうこの課題においては「読書環境」とか「本を買う習慣づけ」なるキーワードは不要で、どうしたら小さい(人口の少ない)マーケットでも持続可能な書店運営ができるのか?というテーマでの議論になるべきなのだが、現状ではその域に到達していない。最適解が見いだせていないからである。

最適解と言えるかどうかは皆さんの判断に任せるが、私は一つの解を既に提示した。
下記の私の個人noteの投稿を参照いただきたい。
https://note.com/goro890200/n/nfce23145c7e6

しかし、この解は出版業界にとってはあまり都合が良くない、と思う方が多いはずである。現状の仕組みを大きく変える必要があるからだ。
一方でこれ以外に書店運営のスポンサーを募る解しか出てこない背景には、現行の仕組みを前提にしたいからに他ならない。

まとめ


もはや無書店自治体の数の増加を集計する意味合いはあまりない。肝心なのはそうした市場環境の中で持続可能な書店ビジネスモデルの構築へのチャレンジである。

4杯目


Connemara (カネマラ)
Irish Singlemalt Whisky
4000円前後
シングルモルトウィスキーは癖が強いものが多い中で、
非常に呑みやすい一品。正直山崎よりも美味いと思う。