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出版流通改革におけるオンデマンド印刷

先日某出版取次から私の業務受託先に「出版流通支援金要請」なる通知が来た。悪意を持って要約すると「今の出版流通を維持するために、その恩恵に預かっている出版社はお金を負担して取次に協力せよ」と言うことだ。これへの協力について殆どの出版社は「しぶしぶ」行っているのだが、私はその取次に                               ①協力を要請するのであればそのお金で今後どのように変えていくのかを明示するのが当たり前。苦しいから協力しろ、お金の使い道はこちらに任せろ、では協力する気も起きない                    ②そもそも今の物流を守るというが、こんな不完全な仕組みを守るためなら余計に協力金を払う気はない と突っぱねた。

出版業界では「流通改革」というテーマは必ず上がってくるものの、結局最後は「返品を抑える」「定価を上げる」「出版社の取り分を削減し、取次と書店に回す」などの意見が出たまま、誰もまとめられず放置するのが習わしである。そもそも流通改革と言っても「改革」と言うより「保全」の議論でしかない場合が多い。今の取次制度と言うのは出版業界の関係者には非常に楽な仕組みであるから仕方ないのであろうが、議論の前提が「現行の仕組みの維持保全」であるから妙案が出てこず、対処療法的な議論にしかならない。またこれは私の推測であるが、出版業界の関係者が思う以上にユーザーは今の流通を「不便」と思っていることに、意外と出版関係者は気付いていないのではなかろうか。

こうしたジレンマを解消し、ユーザーの期待に応えられる流通改革の方法はないのか?私はそれを「オンデマンド印刷」に期待してみたい。

オンデマンド印刷はデータを取り込み必要な部数を必要に応じて印刷する。通常のオフセット印刷との違いは、版下を作る必要がなく、小ロットの印刷でもコストを抑えることができる反面、多くの部数を印刷する場合はオフセット印刷より割高になる。1部あたりの印刷コストが800円程度と、文庫や新書など、比較的安価な書籍の印刷にはコスト面で向かない。そして、雑誌や写真集などの製本印刷には不向きな傾向にある。従来の出版印刷ビジネスモデルからするとオフセット印刷の方がコスト的には見合っているが、その反面、「過剰在庫」を作り出すデメリットもある。それゆえ少部数印刷が可能なオンデマンド印刷とオフセット印刷の併用は出版社にとっては都合の良い組み合わせになる。はずなのだが・・・印刷会社もオフセットとオンデマンドの併用を出版社に薦めているが、どうやら思うように進んでいないのが現状のようだ。この段階でのオンデマンド印刷の役割は出版社の適正在庫の支援であると言える。これは「Short Run」と呼ばれるオンデマンド印刷の一つの機能だ。

オンデマンド印刷のもう一つの可能性は「絶版」や「品切れ重版未定」商品が必要に応じて製本できることにある。絶版や品切れ重版未定がなぜ発生するか、と言えば、                           ①売れ行きが落ちてきた書籍をそのまま在庫していると、今後その書籍の売上で得られる利益よりも、在庫コストの方が上回りうま味がないため、在庫がある状態でも絶版を選択し、在庫を処分する。            ②品切れになっている場合、重版するとそれ相応のコストが掛かるが、①の場合と同様にその本で今後獲得できるであろう利益よりも、重版コストと在庫コストが掛かると想定される場合、品切れ状態にしておく。(著者が絶版措置に承諾しないケースもあるので、絶版にできない)                  オンデマンド印刷はこうした状況にある書籍でもオンデマンド印刷用の電子データがあれば、ニーズが発生した場合にリプリントすることが可能になる。これは書店にとっても有益である。私が書店外商をしていたころ、顧客からの発注の約10%はこうした絶版、品切れ重版未定の商品であった。(主に専門書の受注が多かったからでもあるが)。売上に貢献しない受注がそのまま納品可能になれば、その分書店の売上も上がるわけだ。

ここまでが従来からオンデマンド印刷に期待されてきた事項の一部であるが、これでは出版流通改革、とはならない。しかし私はオンデマンド印刷には出版流通を変える要素があると考えている。

デジタルファブリケーションという概念がある。これは製造を、デジタル技術を駆使して、メーカーから個人に移すという考え方である。メーカーは設計に専念し、そのデータをWebで公開し、その製品が必要な個人が、FabLabと言われる、製造ができる機械を設置した場所で、公開されているデータをもとに製造し、出来上がった製品を利用する、と言うものだ。この考え方は製造を個人の手に委ねる、と言うだけではなく、従来そこに介在していた「流通」を端折ることにもなる。デジタルファブリケーションの概念を語るとき、意外とこの観点が抜け落ちていることが多い。

但し、デジタルファブリケーションの最大の難点は、製造するものによって製造する機械を準備しなければならなかったり、それぞれの製造物に必要な素材を準備しなければならないし、何よりも製造者はその製品を得るために相応の時間を費やさなければならない。余程な「モノづくり好き」でない限り、面倒なことこの上ない。

ところがそんな中、デジタルファブリケーションに最適な商材がある。それは「本」だ。準備する素材は紙とインク。大抵の本はオンデマンド印刷機があれば作ってくれる。これ以上にデジタルファブリケーションに適した商材はない。(但し、現状では4色以上の色が必要な印刷物にはあまり適していない、と言われてはいるが)                     本の製造をデジタルファブリケーション化することで、出版社の在庫リスクは激減し、同時に出版業界の課題である「流通」の部分の一部が改善可能ではなかろうか。

私がオンデマンド印刷に出会ったのは今から13年ほど前。海外の書籍のオンデマンド印刷について議論する機会がそれだ。その時殆どの人は出版国でオンデマンド印刷した本を日本に輸入することを念頭に置いていたが、私はデータをこちらでもらえれば国内での印刷で対応でき、その分流通に係る時間を短縮できる、と考えていた。それ以来私にとってのオンデマンド印刷は「小ロット印刷できる印刷形態」ではなく「物流」なのである。

この「物流」という考え方を少なからずの出版業界人も認識している。しかし、その殆どが「全国各地にオンデマンド印刷拠点を作り、そこから近隣の書店に配本する」と言うものだ。確かにこれは一つの策ではあるし、効率や設備投資を考えた場合、至極まともな案に見て取れる。ではあるが、これでは現在課題になっている出版流通の「弱点」を解決できない。なぜラストワンマイルを残さねばならないのか?                  現在の流通の課題はコスト面と認識している出版業界の関係者が多いが、そうではない。コスト面が問題視されているのは、旧来から続く「取次」を核とした出版業界の物流形態が今後も続いてくれないと困る、と言う業界ファーストの発想から来るもので、上記の「ラストワンマイル」も取次の機能を如何に残すかを念頭に置いた際に出てくる苦肉の策である。これはオンデマンド印刷を最も効果的に活用した際、取次には現状入る役柄がない、と言うことを皆理解していることの裏付けでもある。結局オンデマンド印刷を活用した出版業界の流通改革を考える際、今の出版業界のプレーヤーをそのまま当てはめた活用の仕方は、やりようはあるのにそれに気づいていない。また、「刷って、集めて、撒く」という従来のスキームからの脱却は念頭にない、と思える。

では、出版業界が考えるべき出版流通の最大の課題は何か?それは読者が欲しい本を欲しい時に手に入れられない状況を看過しなければならないことであろう。読者にとっても、書店にとっても、欲しい本がすぐ手に入らない弊害は大きい。読者は書店を何軒も回る必要があり、それでもない場合は取り寄せるまでにそれなりの時間を待たねばならぬ。書店にとっても在庫の無い本はだいたい読者から「なら良いです」とビジネスに繋がらないケースが殆どだ。書店員によっては在庫していない商品についての顧客からの問い合わせを苦痛に思っている人も存在する。自分たちで選書した在庫の中に問い合わせの本がなければあきらめもできよう。しかし、自分たちで選んだ本は在庫の一部でしかなく、それ以外は取次の配本に頼っているので、こうした在庫の無い商品の問い合わせが発生するとアレルギー反応を起こしてしまうものだろう。結局書店に在庫の無いものはアマゾンに手配した方が早い、という結論にたどり着き、ならば最初からアマゾンに頼んだ方が楽だよね、という書店にとっては負の循環の起点になる。

では「すぐに手に入らない」を改善し、且つ、コストも吸収できるやり方はないのか?私の考える案は書店店頭にオンデマンド印刷機を設置し、書店で本を作る、と言う手法だ。                      これにより                              ①その場でお客様に「売れない」本は激減する 書店にとってはチャンスロスを極力抑えられる                             ②書店の坪数による品ぞろえの格差が無くなる つまり書店は少ない坪数でも大型書店と変わらぬ商品供給が可能になり、書店の販管費の大きなウェイトを占める「家賃」を抑えることが可能になる。            

デメリットもある。                         ①印刷製本している間顧客は本が出来上がるのを待たねばならぬ                 ②オンデマンド印刷では対応が難しい本もある(絵本や写真集、雑誌)        ③オンデマンド印刷機の導入及びランニングコストが発生する            ①は顧客がそれをどう思うかによる。幸い書店はそもそも時間を潰す機能は持っているし、作っている間にほかの用事を済ませてもらうことも可能だ。また書店が「これはある程度売れるであろう」と思った本は予め印刷して店頭に並べておけばよい(売れ残りのリスクが発生するのではあるが)      ②はこれこそオフセット印刷とオンデマンド印刷の併用である。そもそもオンデマンド印刷が難しい本は今まで通り出版社が予めオフセットで印刷した本を書店が仕入れて店頭に陳列する方法で販売していき、そうでないものは顧客の要望に応じてオンデマンド印刷をする、と言う区分である程度解決できるであろう。取次の機能が全体的に低下した中での配本はどうするのか?と言う議論もあろう。現在の本の定価には書店への配送コストが含まれている。であるから取次の仕組みを大事にする。配送が必要な本に送料が発生するのは至極当然の流れになろう。ルールが変わるのだ。                           ③についてはまずポイントはオンデマンド印刷機(ハード)の金額と大きさだ。現状の金額は1台1千万から2千万。しかしこれは今のオンデマンド印刷機の使われ方が一部印刷会社でしかないことによる価格体系であろう。全国の一定の書店店頭でオンデマンド印刷機が導入されることになれば、需要と供給のバランスで自然とハードの単価は下がることが想定できよう。1台あたり100万を切る金額になれば十分対応はできるのではなかろうか。これは様々な製品の価格の低減への過程を振り返れば十分ありうる話だ。また大きさについても需要が高まれば当然メーカー間の競争が促され、ダウンサイジングの行われることになろう。正直技術的な側面はデメリットではない。いずれ解決されるもの、と考えなければ何も変わらない。

課題もある。                            ①すべての出版社がオンデマンド印刷用の電子データを作る必要がある        ②そのデータを管理する機能が必要になる               ③店頭にない本の情報を書店店頭で顧客に提供する仕組みが必要である        ④現在書店店頭にある「在庫」整理における大量返品の発生             ①は電子書籍のデータではオンデマンド印刷に対応はできないので、それを少し加工する必要がある(印刷用に余白を取る必要がある)。しかし、オンデマンド印刷を中心に転換することで、出版社は在庫に掛かる経費が激減するので、そのコストの一部をオンデマンド印刷用データ作成に振り替えればよい。また多くの書店がオンデマンド印刷機を採用すれば、自然と出版社はそのデータを作らざるを得なくなる。                 ②は書店がオンデマンド印刷を使う場合にどこからそのデータを入手するのか、と言うことと、本を作った時に「仕入」が発生し、その際に「課金」されることになる。これを管理する機能が必要になる。多分本を作る度にWeb上に管理されているデータを活用し印刷する。そのデータは1度しか使えず、同じ本を複数作る場合はその都度データを取得する、或いは事前に印刷部数を登録する等の手法で課金されることになろう。しかし、それが出版社毎の管理では書店にとっては使い勝手が悪いので、それを管理する機能を有したプレーヤーが必要になる。はっきり言おう。取次(日販・トーハン等)がそれをやれば良い。既に書店と出版社の金流機能を構築しているのだから、新しいプレーヤーが登場するより簡単であるし、書店も気兼ねなく現行の仕組みと併用できるのではないか。                 ③はかなり難しい。私が一番悩んだポイントだ。現在の書店店頭での顧客への商品情報提供は、本そのものに多くを依存している。つまり店頭にない商品は書店で顧客が情報として認知できない仕組みである。これをどうするのか?今以上に書店と出版社が顧客に向けて情報発信する必要があるが、書店店頭だけに着目した場合、スペースを使わず、顧客にとって楽な情報入手方法というのはそう簡単には構築できない。カタログ作成等のアナログ手法や、デジタルサイネージ、デジタル棚などのデジタル手法も考えてみたが、今の書店店頭と比べてどれも使い勝手が悪い。また本の購入方法としての「偶然の出会い」は期待できなくなる。今のところすべての要件は満たせないが、「VR」が一番しっくりくるのかもしれない。             ④はパラダイム変換する際に避けては通れぬ道だ。しばらくは在庫補充せずに一定量まで在庫が減るのを待ち、不動在庫は整理していくしかない。これは売れない本を作った出版社側の責任でもある。            各々の課題はかなり大きい。しかしこれを解決しなければ私が最大の課題と思っている「ほしい時に欲しい場所で、欲しいコンテンツが手に入る出版流通」など成し遂げられない。

私は今、ある書店の運営を任されている。今のところ現行の仕組みでいかに売れる書店にしていくかを模索している最中であるが、構想には数年後にオンデマンド印刷を活用した商品提供も視野に入れている。その場合、出版社の協力とオンデマンド印刷機メーカーの協力は欠かせないが、どこかがまず事例を作らない限り、現行の出版流通形態からの脱却は難しい。その根本にある考え方は                            ①アマゾンに勝てる納品スピード                   ②アマゾンに勝てる(負けない)品揃え                ③小さい坪数でも十分な顧客満足を得られる書店            ④書籍販売だけで黒字化できる流通の仕組み                  である。(すべて書店目線ではあるが) お気づきの方もいらっしゃるかも知れないが、これは私のライフワークテーマ「無書店自治体での持続可能な書店経営」の解決策案の一つである。故にオンデマンド印刷を単なる「小ロット印刷」の道具に留めておくわけにはいかない。そのチャレンジができる日を早く作り出さねばならない。

私の考えるオンデマンド印刷を使ったこれからの書店のあり方は完璧ではない。規模の違う書店を一括りにしており、すべてのタイプの書店には向かぬかも知れない。また、価格や技術革新については楽観的に過ぎるとの指摘もあろう。しかし、今のところ対案もない。また、そもそも今後の本(或いは本と思われるコンテンツ)の流通に書店は不要ではないか?との声すらある。しかし私は「産業としての書店の在り方」しか興味がないので、不要になる可能性はあっても、それを追求していくことだけを考えている。それに、「技術はいずれ考え方に追いつくもの」と思っている。今できないことでも、数年後にはできる可能性の方が高い、と思っているから、些末なポイントは気にしていない。さて、この方向で良いかどうかは、神のみぞ知る、と言うところか。小石を投げこむ、ことに、現段階では価値があろう。

*刷って集めて配る流通                       *並べて、見てもらって、買ってもらう書店               からの脱却。                                いままでと同じ土俵で考え論じるには既に限界にきているのだから。


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