本屋発注百景vol.9 冒険研究所書店
北極冒険家、書店経営に乗り出す
独立書店にもいろいろな形態がある。その中でも特に変わり種なのが今回紹介する「冒険研究所書店」だ。何を隠そう、北極冒険家が経営する本屋なのだ。
店主の荻田泰永さんは、カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施し、2018年には南極点無補給単独徒歩到達に日本人としてはじめて成功した方で、著書もいくつもある。
そんな人がなぜ本屋を始めることにしたのか。筆者も何度か取材したがそのバイタリティにはいつも驚かされる。端的に言えば「書店経営と冒険は一緒」なのだそうだ。これだけでは何を言っているか分からないと思うので気になる方は『書店と冒険』(生活綴方出版部)に詳しいのでぜひ読んでほしい。
冒険研究所書店があるのは小田急江ノ島線桜ヶ丘駅東口。急行も停まる大和駅のすぐ隣の駅である。一階に歯医者の入った駅前のビルにはためく本の幟を目印に階段を昇ると中は案外と広い。20坪ほどはあろうかというフロリーングの部屋の真ん中には新刊コーナーである本棚が並び、壁沿いは古本コーナーだ。マグカップやTシャツ、荻田さんが南極に行ったときに作ったオリジナルのダウンジャケットもある。レジの近くには荻田さんとゆっくりと話せる丸テーブル、展示やフェアで利用されるギャラリースペースもある。
並んでいる本は意外と普通だ。新刊と古本の両方を扱っているという特徴はあるが、ジャンルで言えばコミックや小説、ノンフィクション、歴史、絵本、写真集などである。例えば、イザベラ・バードの本やヤマケイ文庫が多いなど冒険家の荻田さんらしい偏りはあるが、専門店というほどではない。町にあり、町の人々がどんな本を求めているかを考えて本を並べている、そこに店主の個性が滲み出る一店の本屋である。
そんな冒険家にして本屋店主の荻田泰永さんに話を聞いた。
二人で営む独立書店
―――いつも店にいるんですか?
荻田 いつもじゃないですね。他の仕事がありますから。でも7,8割方は店にいますよ。
―――その間の店はどうされていますか?
荻田 手伝ってくれている栗原が開けてくれています。彼は幼馴染なんですよ。
―――長い付き合いですね。では店に行く日はどんな流れでしょうか?
荻田 9時40分頃に店に来て、店の準備は栗原に任せつつメールの返信をしたり原稿を書いていたりですね。あとはお客さんと話しています。
―――荻田さんに会いに来る方も多そうですね。
荻田 そうじゃない人もいますし、静かに本を選びたい方もいるので、お声がけしたときの反応で話したい人かそうでないかを判断して話しますね。
―――店の準備というと……?
栗原 パソコンやプリンターなどの機械の立ち上げや掃除ですね。階段やトイレも丁寧に掃除します。
オープンしてからは客注など店への問い合わせへの返信、売り場を整えたり、新刊の棚出しやオンラインストアへの登録などもしています。うちは本棚にある本はすべてオンラインストアへも登録しているので新刊の入荷登録と同じタイミングでしています。特に火曜・金曜・土曜は子どもの文化普及協会と八木書店からの入荷があるのでそれの入荷登録や棚出しをしていますね。
在庫登録はエアレジで、オンラインストアはBASEを使っていますが、この二つが連動していないので両方に登録するのがけっこう大変なんです。
―――僕の店(BOOKSHOP TRAVELLER)ではオンラインストアをやっていないのですがその理由の一つが手間の多さで、調べた感じ、店で届いた本を入荷登録して棚に入れるのとは全然別の作業が必要なんですよね。だからうちではそこまではできないという判断でオンラインストアはしていませんが、やはり大変なんですね。
Xを見ているとSNSでの発信を丁寧にされていますがあれは荻田さんが書かれているんですか?
荻田 僕がしています。それなりに本も動きますが、SNSは積み重ねが大事なので一回の投稿で一喜一憂しないようにしています。SNS上でいつもうちの投稿が目につくようにしておくことで、将来のお客さんが「何か気になる本がないかな」「あの本が気になるな」といったときに一番に想起してくれるように続けています。
北極冒険家の店で聞く 「発注、どうしてる?」
―――発注に関しても荻田さんが担当されているのでしょうか?
荻田 そうしています。水曜と日曜の夜にBooks※で近刊情報を見て発注しています。
―――どれくらい先の情報まで見ますか? うちで発注するときも近刊情報を見ていますがあまり先の本だと発注した事自体を忘れてしまうこともあって……。
荻田 一週間くらい先までですね。出版社にもよりますがそれ以上先ですと登録されていない本も多いので。それに登録されていても出版社によって書影がないものがあって、それは困りますね。だいたい一時間くらいかけてざっと見て引っかかった本に目星をつけて入荷しています。
―――発注先は?
荻田 子どもの文化普及協会とBookCellar経由でトランスビュー取引代行、八木書店ですね。子どもの文化普及協会は入荷日が予想できるので良いですが、八木書店だとまとめて本を発注後、すぐではなくある程度量がまとまった段階で随時送ってくれるので入荷日が分からないのが困っています。
―――というと?
荻田 発注と発送のタイミングが分からないので、例えば、よく動く本があっていま5冊あり3冊補充しようと思って発注したけど届く前に4冊売れてしまった場合に、僕が店にいないと、店には届いているけど入荷登録前の状況だと、いま店に何冊あって店に届いていている本が満数なのかどうか、一部なのか、正確なところが把握できないんですね。
―――(BookCellarの)注文履歴一覧でステータス※が見られたかと思いますが……。
荻田 八木書店の場合「注文受付済」まではステータスを更新してくれるのですが「出荷済み」などそこから先の状況が見えないんです。
―――荻田さんのようにいつも店にいるわけではない方の場合、大変ですね。
BookCellarでこの本発注しました
―――BookCellarで発注した本の中で印象的だった本を挙げていただけませんでしょうか?
荻田 『旅をする木』(文藝春秋)は常に動いていますね。それに新しい本ですと『無人島に生きる16人』(新潮社)も売れています。10~15冊くらいでしょうか。この2つはBookCellar経由で八木書店から仕入れた本ですね。ほかにも『詐欺師入門』(光文社)や『モモ』(岩波書店)も人気です。『日本人のための憲法言論』(集英社)は僕が勧めるので買っていかれる方が多いです。
トランスビュー取引代行の本ですと『鬱の本』(点滅社)もよく動きますね。
―――意外と冒険に関係ない本も売れるんですね。さて、お知らせしたいイベントがありましたら教えてください。
荻田 色々な分野のゲストを招いて、私との対談形式のトークシリーズで「冒険クロストーク」を定期的に開催しています。登山家の野口健さんや角幡唯介さんなどは分かりやすく冒険の分野かもしれませんが、冒険だけでなく、これまでのゲストは画家の諏訪敦さん、元Microsoft本社副社長で日本マイクロソフト初代社長の古川享さん、土の研究者の藤井一至さん、人類学者の里見龍樹さん、戦場ジャーナリストの桜木武史さん、『中央公論』や『婦人公論』の元編集長の河野通和さんなどなど、20回行っています。毎回、3時間から5時間のロングトークでゲストを深掘りしています。
直近だと3月24日に写真家の柏倉陽介さん、4月13日に登山家の花谷泰広さんをゲストで予定しています。
他にも、私が北極や南極の話しをするイベントや、旅から帰ってきた方の報告を聞いたりもします。 最近では、店の目の前にある駅前ロータリーの真ん中の広場を、小田急電鉄さんから場所を貸していただいて、駅前での映画上映会をやったり、年末は餅つきもやりました。 書店が書店の壁の中に籠るのではなく、街に対して積極的に出ていく、開かれていくことも大切だと思っています。
取材日:2024年2月16日
取材・文・写真 和氣正幸
冒険研究所書店で仕入れた本・売れた本
『旅をする木』(文藝春秋)
『無人島に生きる16人』(新潮社)※
『詐欺師入門』(光文社)
『モモ』(岩波書店)
『日本人のための憲法言論』(集英社)※
『鬱の本』(点滅社)
BookCellarをご利用いただくと、冒険研究所書店・荻田さんが記事内にて紹介した本を仕入れることができます。
※は八木書店新刊取扱部へのリクエスト注文で発注可能です
注文書はこちら。
https://www.bookcellar.jp/orderlist/4916397552/
「本屋発注百景」とは
本屋さんはどんなふうに仕入れを行い、お店を運営しているのか。様々なお店の「発注」にクローズアップして取材する月イチ連載企画です。
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