本屋発注百景vol.11 増田書店
本好きのお客さんに愛される総合書店
いつの頃からか、大型チェーン店の影響で少なくなってしまった100坪~300坪程度の中規模の本屋が都内にもまだいくつかある。今回取り上げる増田書店(南口店。北口店もあり)はそのうちのひとつだ。
JRの国立駅南口から大学通りを歩いてすぐの場所に店はある。1948年創業の老舗である。一階には文庫や新書、雑誌や実用書を並べ、地下には学習参考書や絵本にコミックもあれば、写真集や美術、思想などの専門書までを万遍なく並べる総合書店である。かつて良い書店の基準とされていた岩波文庫やみすず書房の本もしっかりと置き、またそれが話によるとちゃんと動いているという。
「国立の人が求めるものなら置かないといけない」と前任者に教えを受けたという現店長の篠田宏昭さんは、「お客さんに鍛えられた」と話す。増田書店では入門より先、中級より上くらいの文芸書や社会についての本を求めるお客さんが多い。「前提知識があって、そこから先に行くために手を伸ばすような本」と篠田さん。毎日来るような常連さんも多いという。
そんな街の本好きに愛される増田書店の発注風景を聞いた。
増田書店の一日
――朝は何時頃お店に来られるんですか?
篠田 早番(10時~18時)と遅番(12時~20時)で変わりますが、早番の場合は9時半には出社して、掃除や、雑誌・書籍の荷開けをしていますね。それから午前中は病院や美容室など歩いていける範囲の配達をしています。午後の便が12時過ぎに着くのでそれぞれ担当者に振り分けたり新刊コーナーに出してもらったりします。
――お昼はどうされていますか?
篠田 店員は11時半からか12時から1時間程度ですね。僕は14時くらいにロージナ茶房など近所のお店で食べます。店に戻ってからは自分の担当範囲(人文・美術・音楽)の荷開けや品出しをします。その間に、お客さん対応や版元営業への対応、注文書の確認や補充の注文を行っています。
――注文書はFAXでしょうか?
篠田 FAXが多かったのですがやめました。ですが、そうすると版元によっては新刊情報を見落とすこともあるのでそこは困りますね。その点、BookCellarや一冊!取引所、版元ドットコムの情報には助けられています。そのほかs-book.netやBookインタラクティブ、版元からのメールも見ていますが、一番確実なのは営業さんが来てくれることですね。
――この規模のお店となると配本だと思いますが、狙った本は入ってくるものでしょうか?
篠田 そうですね。その話の前にランク配本はご存知でしょうか?
――細かくは存じ上げないですが、取次によって書店につけられるもので、ランクが低いばかりにベストセラーを頼んでも本が届かない、という話があるということは知っています。
篠田 ランク配本のランクは取次がつけるものだけでなく版元がつけるものもあります。これをひとつひとつチェックするのが大変なんです。ランクは大きい版元は決めていて、郵送されてくる新刊案内に同封されているのですが、この版元から書目に対してつけるランクと、取次が書店に対してつけるランクに応じて仕入れ数が決まります。
版元によって「この書目は○○ランクなので○○冊」と発表しているところとそうでないところもあり、基準も版元ごとに違うので、正確には仕入れ数は分かりませんが、大体の感触で「この本はたくさん入ってくるな」といったことは分かります。ちなみにトーハンのデータでは1、2日前には配本ランクが分かるようになっています。
困るのは、ウチでは版元からのランクが低く出版点数が低い本が売れることが多いということです。配本がない場合は仕方なく追いかけて注文するしかありません。
店に来ることを楽しんでくれる方や、継続的に買ってくれる方は特大のヒット作には興味がなく、気が利いていたりシブかったりするご自分の好みの本がちゃんと置かれているかどうかを見ています。そういった方が来られたタイミングで目当ての本がないと「ここには自分の好きな本は置いていない」と来なくなってしまいます。
うちのことを支えてくれるのはこういった人たちなので、無視することは店にとって長期的に見てよくありません。
例えば、2024年3月7日に生誕100周年を迎えた安部公房の、遺作で未完の絶筆『飛ぶ男』が新潮社から文庫新刊で出たのですが、うちには3冊しか入りませんでした。お客さんのことを考えたら本当は10冊必要なので、いかに早く7冊仕入れられるかが大事なのです。
en CONTACT(エン・コンタクト)※を使えば仕入れ数を事前に把握できますがすべてではありません。もちろん事前にわかれば版元営業にメールをしておきます。
――補充注文についてはどうでしょうか?
篠田 緊急性によって変わります。急ぎでないものならTONETS Ⅴで発注しますが店着日はギリギリまでわからないので、急ぎの場合は営業に直接メールで注文します。その場合でも店着日が正確に分かるわけではないのですが目安がわかるだけマシなんです。
――配本がある書店を取材することは少ないのですが、配本のメリットはなんでしょうか?
篠田 人材育成ですね。(配本は取次から本が勝手に送られてくるものなので)事前に選ぶと外してしまうような本も送られてきますし、それが売れることはよくあります。このときに「なぜこんなに売れるのか?」を考えられることは決して無駄なことではないと思います。
それに、僕は、完全に自分がコントロールした棚で魅力をつくることもできますが、コントロール外のエラーが出る棚のほうが好きです。
既刊の本を売るために新刊を利用する
――本が売れる仕掛けについて聞かせてください。
篠田 そういうことはあまり考えてはいません。実は「売りたい」っていう強い気持ちがあるわけじゃないんですよ。これは書店員として働いているうちに気づいたことですが、書物の性質は人間の失敗の記憶なんだということです。そのことを尊重したい。失敗ですから積極的に売るものでもなく、然るべきタイミングで手に取られるのを待つべきものだと思います。一点を何冊も売るのではなく、いかに膨大に一冊ずつ保持していけるか。ですから、棚になるべく一冊ずつあるのが理想ですね。
あえて、仕掛けというのでしたら、既刊の本を売るために新刊を利用する、ということはします。既刊の中から選んで並べ、その最後尾に新刊を置くんですね。
――なぜその新刊が出たのかを棚で表現するんですね。
篠田 それが本屋が生き残る方法論だと思います。とはいえ、本が売れないと生き残れないのも事実。ジャニーズなど性加害者の人たちの出した本が売れることで継続できている部分がありますが、それを仕方ないとは言えない自分がいるんです。売れる本を大量に売ることで損なわれる信頼もあると思っています。
――今後についてはいかがでしょうか?
篠田 国立で育った若者が増田書店で働きたいと思ってくれるような店になっていけたらと思っています。
BookCellarでこの本発注しました
――BookCellarで発注した本の中で印象的だった本を挙げていただけませんでしょうか?
篠田 共和国の『ポルトガル、西の果てまで』(福間恵子著)、エトセトラブックス『女の子たちと公的機関 ロシアのフェミニストが目覚めるとき』(ダリア・セレンコ【著】、高柳聡子【翻訳】)等です。
発注に関して気を付けていることとして、作家、研究者、音楽家、店など、国立や国分寺、立川などお店の近隣に縁のあるかたの作ったものは、 可能な限り切らさずにしておきたいと考えています。
増田書店で仕入れた本・売れた本
・『ポルトガル、西の果てまで』(共和国)
・『女の子たちと公的機関 ロシアのフェミニストが目覚めるとき』(エトセトラブックス)
BookCellarをご利用いただくと、増田書店・篠田さんが記事内にて紹介した本を仕入れることができます。
注文書はこちら。
「本屋発注百景」とは
本屋さんはどんなふうに仕入れを行い、お店を運営しているのか。様々なお店の「発注」にクローズアップして取材する月イチ連載企画です。
過去の連載もどうぞチェックしてみてください。
取材日:2024年4月1日
取材・文・写真 和氣正幸