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山の上の文章教室②

こちらの続き。

6月下旬の土曜日の昼下がり。
関東地方は梅雨入したものの、その日は晴天に恵まれていた。

最寄り駅である小田急線の生田駅は、急行が止まらないので登戸駅で各駅停車に乗り換える。

各駅停車の電車のなかで本を読んでいる人がいると「この人も山の上の文章教室に通うのかな?」と勝手に想像し、チラチラと覗き見してしまう。結局、本を読んでいる人は生田駅についても、シートに座ったまま本の世界に没入しているため、予想は外れる。

駅から目的地の「山の上の家」までは徒歩20分と案内に書かれていたが、初めて行く場所なので、集合の1時間前には生田駅に到着する。

Googleマップに住所を打ち込み画面が進むべき方向を示すが、方向音痴なゆえ目的地とは反対方向に歩き出す。3分くらいしたところで逆方向に進んでいることに気付き、ハンカチで汗を拭いながら道を引き返す。

「山の上の家」は、その名の通り山の上にある。東京ディズニーランドみたく「東京」と言いながらも「千葉」にあるように、山の上と言いつつ平地にあるわけではない。

「山の上の家」に向かうまでの坂を上っているとき、ふと深夜に放送されている『全力坂』というTV番組を思い出す。

番組の内容は登り坂を全力疾走で、ひたすら駆け上がるというもの。この番組のファンではないが、ザッピングしている最中に出くわすと、リモコンを動かす手が止まり見入ってしまう。

そのときの気分は、定点観測で同じ画角の映像を見ている感覚と似ている。ようは何も考えずに見れるということなんだろう。

全力疾走で坂を駆け上がりたくなる衝動を抑えながらも、なんとか上まで登りきる。

お昼ゴハンをまだ食べていなかったので、道中コンビニで買ったハムレタスサンドを食べられる場所をさがす。幸いにも目的地である「山の上の家」の近くに公園があったので、ベンチに腰を下ろしハムレタスサンドを頬張る。

その公園は野球場と隣接しているため、地元の少年野球のチームが練習している姿が見られた。そのなかにはコーチらしき大人も4~5人混じっている。

おそらく、チームに所属している子の父親なんだろう。かく言う私も小学生のころ野球をやっており、父親がコーチとして練習に帯同してくれていた。

今、考えると父が練習に参加してくれていたことを不思議に思う。あくまで私の偏見だが、少年野球のコーチを志願するような親は、学生時代野球をやっており、プロ野球中継や夏の甲子園を好んで見るタイプだ。

しかし、私の父からは野球の「や」の字も出てきた記憶がない。

父は学生時代ラグビーをやっていたらしく、いちお運動には免疫があるが、軟式ボールを投げる姿は明らかに異質であった。

まるで砲丸投げのように肘をたたみ、足は上にあげるのでなくナナメの方向にまっすぐ伸ばし切った状態でボールを放つ。ボールは「ビヨヨヨ~~~ン」という効果音を鳴らしながら、山なりの軌道を描き相手のミットに入る。

明らかに小学5年生の私のほうが上手い。

しかし、そんな父親に対して恥ずかしさはなかった。むしろ全くと言っていいほど似合っていない野球帽をかぶり、異質なフォームでボールを投げる父親が、子供ながらも愛おしく感じたのであった。

そんな昔の記憶を思い返していたら、開始時刻の15分前になっていたので足早に公園を去る。

住宅街を進むと見晴らしのいい丘に出た。右手にローマ字のZをかたどったような坂道が見える。どうやらあの坂の上に「山の上の家」があるらしい。

続く


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