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頽廃これ避くるべからず

一杯機嫌ですらすらと書く文章、これまた美麗なこと限りなし、そんな仕事をする作家に対して憧れがある。人間不器用に必死にやっている姿よりも、ははは、またこれね。こんなもん、ちっちーぱっぱとやってしまうに限る、なんて言って凄まじい集中力。そして書き上げた文章、これまた筆舌に尽くしがたし、目で追えば追うほど引き込まれる圧倒的な世界観、どうしてもそんなものに憧れてしまう。勤勉、我慢、生真面目さ、これらはまごうことなき美徳だけれども、このようなスマートさというか、カッコよさというか、セックス・アピールというか、なんというか、そういったものにどうしても憧れてしまうのは、これ人間の危険な性であって、こんなくだらない本能を持っているからこそ、今日も俺たちはギターをかき鳴らす、なんて言ってみたり。

まともな文章を書くのは疲れる。「えー。今日は金星の話をします。そこには硫酸の雨が降っており、それに当たればあなたたちは溶けてしまうでしょう。以上!」なんて言って誰が面白いのか。そんなことより、絵だ!写真だ!気合いだ!百聞は一見に如かず、千読はこれ一聞に如かず、なんてのは私の恣意のことわざなのだけれども、本当にその通り、わざわざ卑小矮小たる自分がだらだら文字を書いて、それを他人様の貴重な時間を割いて読んでいただくのである。少しでも当方の駄文を読んでいただく時間を有意義にして奉るためには、これ真面目腐った、啓蒙臭モワモワの、貴様はムハンマドかと言わしめ、それに対してざまあみろ、俺は頭がいいんだぜ、とふんぞり返っているような文章を書くのは忍びない。耐えられない。ていうかそもそも、「資本主義の世界から半分降りよう」なんてその昔、自分は書いたことがあるが、書きながら思っていたことがある。いや、正確に言うと、このような心の声を聞かないふり、知らんぷりを決め込んでいたのである。

「いったいお主どの口が言うてんねん。アホちゃうんか?おどれそれを言える立場にあるんか?おどれが今叩いてるのはなんや?キーボードやないけ。おどれ、いったいどなた様の努力でそのようなものが手に入ったと思う?競争、競争の賜物や。競争することで初めていいものが生まれる。それをお前、ちょっと自分が負けそうになったからと言って、すぐリングから降りて涼しい顔して、『僕は分かってますけど』みたいな顔して、先人たちがウンウン唸りながら書いた文章を勝手に引用して、『どうだ、俺はこんなこと知ってる!うほん!えへん!あはん!』などと下らん悦に入り、毎日いいねの数を数えてウシシシと笑っている、貴様、恥ずかしくないのか?」なんで関西弁になっとんねん。

というわけで、この数か月というもの、酒に呑まれて破滅した連中や、酒とドラッグの織りなす摩訶不思議な素敵な世界の中で某ゲームのレインボーロードみたいなくねくね光る創作ができる作家たち、みたいなものに憧れ、これは真似をしなければならぬと腹を決め、一人酒を飲み部屋の中でふんふん息巻いていたのであるが、目の前がぐるぐる回るだけでいっこうに創作意欲がわいてこない。ああ、ぐるぐる、あなたも私もくーるくる、あ、お星さまが僕を連れてってくれないかしらん、なんて呟いてみたり、二日酔いのがんがんする頭を抱えて初冬のアスファルトにつまずいたり、上はネクタイでかっちり決めれど下はパンツのままでオンライン会議に出席したりと、まあ一言で言えば怠惰な生活をやっていた。22歳の冬。ここにてわが人生の怠惰極まれり。なんて言って、一人でニヤニヤ笑っていられるのも今のうち、そのうち破滅が訪れる。しかしどうせその破滅も幻燈の一つにすぎず、終わって真っ暗闇になったスクリーンの下で、立派な黒猫が一匹、目をぱちくりさせている。どうしたんだい?お腹がすいているのかい?小首をかしげてニャアンと猫なで声、彼はひとりで消えてゆく。

文章、呪われた営為。なんて書くと、また、ああ俺は何でこんなにかっこつけているのだろう、ウザすぎる、死にたい、などと思い始め、その次にはいやいや死にたいなどと言っていいのか?なんて傲慢なんだ?今お前の喉元にナイフが突き刺さって見ろ、「たすけてぐだざいおねがいじます今日も星が綺麗です」とか何とか云って泣きつくに決まってる。甘えてんじゃねえ、などと思って、ああ、俺ってなんて謙虚なんだろう、とまた一人悦に入り、気づけばおちょこで一杯、二杯、あなたも私もくーるくる。お星さまが、私をどこか遠いところへ、モンゴルの草原かなんかに連れて行ってくれないかしらん。なんてのを繰り返す、どうしようもない日々。非常に魅力的な時間の過ごし方、だが必ず破滅が待っている。黒猫がぱちくり。ひとり我が身の行く末を案じ、それさえも鼻で笑いたくなり、とはいってもその傲慢を自分に許すのはこれ、どうしても嫌で嫌で仕方なく、結局欲しいのは黒猫の温もり、冷たい蛭の感触。

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