見出し画像

短編小説「開拓」

開拓

眞琴こと

 

 

 

 ゲームハード、プレイステーション3。通称PS3(ピーエススリー)は急遽生産が再開され、思わぬ形で現役電子機器へと復帰することとなった。もっとも、それはゲーム機としてではない。時間観測および干渉の機器としてだった。これは、PS3を使って過去の時代に干渉できることが発見されてから一世紀近くが経った時代のおはなし。

ひとりの骨董好きなエンジニアによる偶然見つけられた「PS3の中核を担うCPU(中央演算処理装置)のCELL/BE(セルビーイー、セルブロードバンドエンジン。算術、論理、制御回路を含む電子デバイス)が持つ九つのセルが、演算処理とは全く異なるはたらきとして時間の観測と干渉を可能にしている」という大発見も、社会への浸透とともに人々の記憶からうっすらと消えかかっている。

CELL/BE以外のマルチコアタイプのCPUではなぜか再現不可能な現象であるそれは、技術が生んだ魔法としか言いようがないものであった。何周も時代遅れのただのゲーム機が、まさに夢のような力を持っていたのだ。

今日も人々はPS3を起動する。「♪~」オーケストラのチューニング音が流れる。

 

 

 

「こんなふうに、この時代の日本は国民にかなりの負荷をかけたとしてもクーデターは起きないんだよね。税率と物価をめいっぱい上げておくと政府の財政が潤うんだ。うはは」

「あー! 国民が困窮して死んでいく! でも構うものか! さぁ民よ、我がつみれ帝国の礎(いしずえ)となるのだ! ふはは」

大根(おおね)つみれがやっている「つみれの野望チャンネル」。
今日の生配信も盛況である。

 

ゲーム実況者、大根つみれは時代干渉ソフト「リアルライフ」をハチャメチャにプレイして時代がメチャクチャになる状況を楽しむ、というスタイルで、多くの視聴者を獲得している。先日もうっかり当時としては未知のウイルスを発生させてしまい「パンデミックが防げない! 緊急事態宣言! 緊急事態宣言ー!」と言って視聴者を盛り上げていた。

今日の配信では税率と物価を吊り上げたうえで政治腐敗をとことん突き詰めているらしい。

「政権与党の汚職、裏金、さらには宗教団体との癒着も発動させます!」
近代日本ではありえない設定だって設けることができる。

「あー! 元首長が殺されたー!」
ハチャメチャが祟ってか、近代日本ではありえないような出来事だって起きる。

今日の動画視聴はこれくらいにしておこう。深町新太(あらた)はPCを閉じた。人気急上昇の動画ということでおすすめに上がってきたが、あまりいいものではなかったな、と感じた。

 

深町新太はやさしい少年だ。

たとえば、人や動物の形をした食べ物を食べることができない。

幼少期、幼稚園へもっていく弁当は、当初母親が張り切って作ったキャラクター弁当だった。時間をかけてつくられたであろうアニメキャラクターを模した弁当は、幼い新太にとってはキャラクターそのものだった。無邪気に楽しそうに遊んでいるキャラクター、笑い声が聞こえてきそうなキャラクター、これから食べられるだなんて全く予想してないキャラクター。無邪気に笑っているキャラクターを食べてしまうことは、自分がまるで悪者の怪獣になったような気持ちにさせた。何度も「ごめんね、ごめんね」と謝り、泣きながら彼らを食べた。

キャラ弁をやめてほしいと言った新太に対して母親は驚き戸惑ったが、シンプルな弁当は時間をかけずに作ることができることもあり、すぐに受け入れられ歓迎された。

以来ずっと、新太は人や動物の形をしたものを食べることができない。人形やぬいぐるみをポイっと投げることも「痛い!」という声が聞こえてきそうでできない。

そんな新太に、人の生活をもてあそぶ大根つみれの動画は、やはり合わなかった。

 

過去の時代の観測は現代においては比較的自由におこなわれているものの、干渉することに関してはいずれの時代においても厳格に規制されている。

しかしたった一つ、干渉が許可されている時代がある。

干渉が可能なのは奇しくもPS3がうまれた時代でもある。「リアルライフ」のような時間干渉専用ソフトをプレイすれことによって、現実の一九八五年から二〇二五年の四十年間への干渉が可能となっている。

なぜこの四十年間への干渉が許可されているのか。

それはこの四十年間だけは特別だからだ。なぜか必ず二〇二五年の最後には、ひとつの――最悪な――結末へと収束する。世のどんなスーパーAIもそのような結論を導き出している。何があろうとなかろうと、どれだけ人口が爆発しようとも減ろうとも、つまりは誰が生きようが死のうが、必ず最悪な結末を迎える。いわゆる「魔の四十年間」とよばれる時代への干渉ならば、我々の住む時代への影響はないとされている。

PS3を使った時間干渉には厳格な規制がかかっているが、そんな理由からこの「魔の四十年間」へは政治、学術的な実験としての利用以外に、娯楽としての利用も認められ一般人にも解放されている。

 

「魔の四十年間」干渉ソフト「リアルライフ」はゲームを拡張した。

前時代、つくりものを操ることしかできなかったゲームはどんなに精巧につくられていたとしてもあくまでフィクションであった。「リアルライフ」は文字通り現実だ。

さて、どうしてモニターに映るそれが現実だとわかるのだろうか? 答えは単純だ。現代においても時代の出来事や一人の人間の人生をデータとして一枚ないしは複数のディスクに落とし込むなんてことは不可能だ。ましてや歴史上のすべての出来事、日々の人々の生活の営み、猫のあくび、波が削る岩浜など、リアルのすべてを入力することなど到底できないのである。その、データ化することができないすべてを、PS3と「リアルライフ」を使えば観測することができ、しかも干渉まで可能にしている。その事実がすべてである。このソフトを使えば天地創造以外のどんな干渉でもできるが、よくあるSFと同じくして、干渉によって未来は変わってしまう。一羽の蝶の羽ばたきが嵐を巻き起こすこともあるし、風が吹いて桶屋が儲かることもあるのだ。もちろんハチャメチャな干渉をすれば、当然メチャクチャな未来へと変わってしまう。

 

スーパーAIによって「魔の四十年間」へ干渉することの安全性は証明されているが、その理由や仕組みについては、なんかすごい力としかいいようがないのは事実だ。

なぜそうなるのか原理はわからないながらも、そうなるのだから利用されているというものは少なくない。麻酔の仕組みはいまだに解明されていないし、ガラスがなぜ分子レベルでは液体の性質を持ち合わせているのかもいまだに解明されていない問題である。人の脳についてもまだまだ未知な部分がある。すべての人の先端に埋め込まれている脳などはその最も身近な例だろう。

原子の力を利用した発電など、たとえそれが危険を伴うもの、将来へ負の財産を残すものであったとしても、人はいまだにそれを止めたりはしていない。利用できるものはなんでも利用するのが人というものだ。

 

ある者は歴史の転換点を書き換えた。
ある者は未来に起こる出来事を教えて預言者をまつりあげた。
ある者は男女の性欲が入れ替わった世界をつくった。
そのようにしてすべての私たちの、過去への開拓がはじまった。

 

新太も「リアルライフ」のユーザーだ。ただ、新太はあまり干渉しない主義であった。政府や学者、それに先の大根つみれのように、この四十年間の人々を学びやあそびの道具として扱うことに抵抗があった。二〇二五年、どうやっても最悪な結末に帰結するとしても、人は人だ。それぞれに生きる場所があり、生きる道がある。それを尊重できないのは無邪気に笑うキャラクターを笑顔で食べる行為に等しい。

 

水族館を泳ぐ魚を見るように、新太は彼らを鑑賞することにプレイ時間の多くを割いていた。

そんなある日、新太は「リアルライフ」をプレイするモニター越しに、明らかにこちらを窺っている視線に気づいた。

 

 

 

「あのカメラ、何だろう?」

青井かえでは下校放送のため、放送室に一人で座っていた。そんなとき現れた、放送室の中を捉える見たことのない形のカメラに興味を示した。

かえでのスマートフォンが音声メッセージを受信する。

「こんにちは。私は……いわゆる未来人です。カメラ越しに視線を送っているあなたに気づきました。ご迷惑でなければ、時間観測であなたたちの暮らしを少し見学させてください。許可をいただければ幸いです」

 かえでは少しの動揺もなく言葉を返す。

「こんにちは。未来人さん。未来人といえども未来から現れることはできないのですね。観測がせいぜいってことなのかしら」観測しているということであれば、こんな独り言であっても、きっと聞こえているだろう。

ふたたび音声メッセージを受信する。

「そうですね。少なくとも僕の生きる時代では観測と干渉が関の山です」

どれだけ未来か知らないけど、「関の山」なんて言葉がまだあることにかえでは驚いたが、ややこしくなりそうなのでそれについては何も言わなかった。

「申し遅れました。僕は深町新太と申します。よろしくお願いします」

「意外と古風な名前なのですね。今風といえば今風だけど」

「ときどき言われます。僕の親が二〇年代のファンでして」

「未来人さん……深町さんからすれば、私たちって戦国時代人みたいなものなのかしら」

「新太でいいですよ。まぁ、具体的にはお伝えしないつもりですが、そんなに離れてはいないですよ」

「意外ね。時間観測なんて遠い未来の話だとばかり思っていたから」

 

未来のことは伝えないつもりだ。少なくとも四十年間の間であれば、常に干渉し続けなければ他人に書き換えられてしまう可能性だってあるから、伝えたところで無意味なことだ。

「新太さん」

「なんでしょう?」

「プライバシーだけは守ってよね」

「大丈夫、ソフト上でガードがかかっているから」

「それ、信頼していいのかしら」

「ガードを破っての観測は、未来では処罰の対象です」

「だからといって――という感じだけれど、まぁいいでしょう。その代わり、条件があります」

「なんでしょう?」

「先ほど、観測と干渉と仰いましたよね? ということは何かを出したり消したり変えたりする力もお持ちなのかしら」

「はい、さすがに天候を変えたり地形を変えたりするように自然を操ることはできませんが、地形の上の地図を書き換えたり社会を変えたりすることは可能です。何かやってほしいことでもあるのでしょうか?」

「それなら……」と、かえでは切り出した。

 

「クラスに、おうちが自営業――豆腐屋や自転車屋だからというだけでからかわれている同級生がいるの。おうちの方はきっと誇りをもって働いていらっしゃるはずだし、子どもは親の職業なんて選べないのに。だから……少しの間だけでいいから、自営業の方たちがもっと認められるような世界にできないかしら」

「自営業の方たちが、か……」

「難しければお品物だけでも、よい待遇にできないかしら」

「きっとそれなら簡単にできると思います」

 

 

そうして、新太は短い間だが豆腐や自転車が尊ばれる世界を順番につくった。世界のルールを書き換える度、それぞれの品物の地位は元通りになってしまう。ただそれでも、かえでは十分満足したようだった。かえでが望むのはくだらなくも平和な世界だった。新太はそんなくだらなくも平和な世界の刹那に魅了されていった。かえでのやさしさは、新太のそれとも少し異なる、愛に満ちたものであったような気がした。

 

 

「ありがとう。こんなこと頼んで本当は嫌じゃなかったかしら」

「僕はあなたたちの営みを見させていただくことに重きを置いているから、あんまり社会を変えたりするのっていうのは好きじゃなかったんだけど、これくらいなら平和だと思うし、ちょっとおもしろかったし、いいですよ。前もきいたけど、本当にかえでさん自身にかかわることじゃなくてよかったんですか?」

「うん、トーフドーナツはおいしかったし、近年まれにみる自転車ブームも見られたからね。私もクロスバイクほしくなっちゃったもの」

「トーフドーナツ、僕も食べてみたいな。あ、自転車は僕の時代でもまだあるよ。もっとも、もっとリサイクルしやすい素材になってるけどね」

「いいなぁ。駅前の放置自転車を回収しているトラックの山を見るたびに、これってこのあとどうなっちゃうのかしらって思ってるから」

「そのうちなんとかなるよ」

「なんとかなるなんて、そこだけ聞くと無責任だけど、未来人が言うのだから安心かしら?」

「どうだろうね」新太は思わせぶりに言葉を濁した。

 

 

 

【緊急生配信】と銘打って配信される生放送がおすすめ欄に出る。広告が主な収入源になっている動画配信サイトの、一度視聴したら好みでなくともおすすめされてしまうアルゴリズムは二〇年代からあえてまったく進化させていないらしい。普段なら「興味がない」と消去してしまうはずのそれを、新太はなぜか視聴せずにはいられなかった。

 

「【緊急生配信】整地します! 【つみれの野望チャンネル】」

歴史にとってイレギュラーな存在である、未来人の存在を知ってしまった人を一か所に集めることを通称で「整地」とよんでいる。当時人の純粋な反応を見るため、プレイの邪魔になるのだ。しかしそれは準備段階での作業で、まったく緊急ではないはずだ。大根つみれの本日の配信ではなぜかそれを緊急でおこなうらしい。

未来人の存在を知っている人たちは、各年代から数百人規模で観測ができた。

「今日は二〇年代をプレイするので、この座標とバージョンにいる彼らには一旦北の大地に集まってもらいます」

「リアルライフ」は常に誰かからの干渉を受けバージョンアップしている。その座標とバージョンの中には新太が接触した当時人、かえでもいるはずだった。整地の対象になってしまうなんて、偶然とはいえ申し訳ないことをしたなと新太は思った。

 

突然「あ! まてまてまて!」という大根の声がひびく。

未来人の存在を知っている人たちを一時的に収容していた仮施設を、あろうことか大根つみれは施設ごと消去した。「あー!」大根の声がマイクを割る。

『つみれ乙www』
『つみれ、わざと?』
『なにぃ? やっちまったなぁ』
様々なコメントがモニター上で踊っている。

「いやいやいや、わざとじゃないです! 事故です! 事故!」
大根つみれの声がこだまする。わざとかどうかなんてわからない。ただ、一瞬で未来人の存在を知っている何人かの人々が、かえでが死んでしまった。大根つみれの手によって、一瞬で。

「でも、せっかくなのでこのままいきます」
大根つみれの声が耳の中にこびりつく。

「せっかくなので」
わざとかどうなんてわからない。わざとかどうかなんて。

 

「リアルライフ」を使ってバージョンを遡れば、またまったく同じかえでを生まれさせることは可能だ。でもそれは、豆腐屋や自転車屋の同級生のことを思い、トーフドーナツにハマりクロスバイクに興味を持ったあのかえでじゃない気がする。きっとまったく同じだけど全然同じじゃない。

 

 深町新太はやさしい少年だ。けれどそれが新太のすべてではない。

人並みに動画の合間にはさまる広告にいらつくこともあるし、障害をもつ家族をクラスメイトに馬鹿にされて声を震わせ相手と取っ組み合いの喧嘩になったこともある。やさしいといっても新太に怒りの感情がないわけではない。もっとも、いま感じているこれが怒りの感情なのかどうかは、新太自身もよくわかっていない。出会ったばかりのただの当時人。新太にとってかえでがどれほどの存在なのかもよくわからない。しかし――

日頃やさしさを自覚している人間は、やさしさゆえに自身を律している部分があるものだ。しかし「この相手に対しては、やさしくある必要はない」という免罪符を手に入れたとき、反動のように残忍で攻撃的な感情が生まれる場合がある。それを実行に移すかどうかは別として。

それを実行に移すかどうかは別として。

 

大根つみれ、古くから存在する料理、おでんの具からとったであろう名前。もちろんこんなふざけた名前は本名じゃないだろう。時間干渉を使えば大根つみれの頭の上に水をかけることだって直接手を下すことだって可能だ。しかしそれは現代のルールで厳格に禁止されている行為だ。罰を受ける可能性を得てまでそんなことをやろうとは思わない。大根つみれのルーツをたどり「魔の四十年間」に存在する彼の祖先を殺してしまうことも可能だろう。それこそかえでのように一瞬で。ただ、どんな過程を踏んだとしても大根が生まれる事実は揺るがない。それはスーパーAIが散々証明していることでもある。

それならせめて――こんなことをやっても何にもならないのはわかっているけど――

 

 

 

未来よりももう少し遠い未来。娯楽としての時間干渉はとっくに禁止されおり、度重なる四十年間への干渉すべてを――当時の人類からすれば最悪ながらも――この時代をつくる礎となった出来事へ導いている仕事がある。

一羽の蝶の羽ばたきが嵐を巻き起こすこともあるし、風が吹いて桶屋が儲かることもある。果たしてそれは偶然の連続なのだろうか。もしそれが人為的に起こされていたとしたら? どんな干渉があったとしても、それを一つの結果に導くために修正干渉をしている人たちがいるとしたら? 当時人が残したツケを払っている人たちがいる。我々だ。

 

いまは消えたおでんの修正干渉の作業中だ。

「ったく、なんだっておでんなんか消したのか。まったくもってわからん」
私がぼやく。

 

「案外当時人からしたら大事なことだったのかもしれないよ。でも、開拓するならやっぱり過去じゃない。未来だよ」
と、あすか先輩はつぶやいた。

いつかの時代に鉱山が閉鎖されたように、いつか「魔の四十年間」への干渉もすべて修正がされ完全に閉鎖されるだろう。

しかし、すべての私たちの開拓は終わらない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?