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瀧本哲史 「僕は君たちに武器を配りたい」

先日亡くなった瀧本氏の代表的著書である。私は直接存じ上げないが、良くしてくれている先輩経営者で瀧本ゼミに出入りして瀧本さんを慕っている人がいる。その先輩経営者も非常に優秀であることから、瀧本さんが知名度先行でなく実力を伴ったコンサルタント・投資家であったことが窺える。

本書は瀧本氏がコンサルタント時代から投資家時代に得た教訓を20代の学生や社会人向けに説いた内容になっている。

コモディティ人材になってはいけない

金を稼げる大人になるにはどうすればよいか。経済の原則からいって需要が大きいが供給が少ない存在になれば良い。希少価値のある人材の対極がコモディティ化した人材である。例えばただの弁護士や会計士、英語ができる人といった存在はコモディティであり、浮き沈みはあっても長期的には食えなくなる。

学歴が博士課程の人を募集するのであれば「博士」というスペックで、もしくは六大学以上の学歴でTOEIC900点以上というスペックで募集をかける。そうすると、そこに集まった人は「皆同じ」価値しかないそこで付加価値が生まれることはないのだ。

ただし本書ではコモディティ=マジョリティではないことに注意したい。例えば東大卒であればマジョリティではないが、東大卒という肩書だけで仕事をすると東大卒であれば誰でも良い、すなわち"東大卒のコモディティ"になってしまう。

身分や資格の難易度が高く投下した時間が大きかったとしても、コモディティ化を避けられるわけではない。

ほとんどの学生ベンチャーが失敗する理由

瀧本氏は一部のベンチャーキャピタリストが煽るように学生に起業を焚きつけるようなことはしない。むしろ学生の起業には慎重になるよう助言している。業界経験がなく学生が起業すると、文系は家庭教師派遣業、理系はソフトウェア受託開発事業のようなものを作り、数年後にコモディティ化するからだ。

ちなみにかくいう私も学生時代にちょっと良い金が稼げるからとシステム開発会社を作り一人で暮らすには悪くない金額を稼げたが、成長戦略も差別化要因もなく会社がそれ以上大きくなるイメージがつかず、事業を縮小させた経験がある。

これを防ぐために、差別化要因を考えコモディティを抜け出すシナリオを考えてから起業すべきで、そのために一度業界経験を掴んだほうが良いということだ。

日本市場はもう成長しない

護送船団方式ですべての会社が経済成長の恩恵を受けられた時代は終わった。今はマクロに伸びるものも少なく、様々な業界でホットスポットのように稼げる商材が誕生して一時的に盛り上がるような現象しか発生しない(マクロで見た飲食業界とタピオカブームを考えれば良い)

日本の景気全体が良くなり、この国で生きていけるだけで幸せになれる、という時代は残念ながらもうこない。
特定の産業があるタイミングで大きくなり、そこで働いていた人が一時的に潤うが、そこにあとからやってきた人は報われない、という状況が繰り返されるだけだ。
これから就職や転職を考える人は、マクロな視点を持ちつつ、「これから伸びていき」「多くの人が気づいていない」ニッチな市場に身を投じることが必要なのだ。

資本市場で稼げるのは6パターンだが、うち2パターンは落ち目

漁に例えて稼げる漁師を6分類、提示している。

① トレーダー・・・取れた魚を移動して売る人
② エキスパート・・・珍しい魚、高級魚を効率的に取れる人
③ マーケター・・・魚に調理法など付加価値を添えて提供する人
④ イノベーター・・・新しい漁獲方法を考案する人
⑤ リーダー・・・漁師を組織化する人
⑥ インベスター・・・市場に参加し、高く売れる魚を集める人

瀧本氏いわく、このうちトレーダーとエキスパートは価値を失っていくという

少し現実的な表現にすると①は営業職、②は技術職に当たるだろう。単に商材と客をつなげてるだけの人間はコモディティ化しやすいし、技術職は技術革新が起きると急激に地位を脅かされるリスクがある。

と説明されると気づくのだが、多くの人達は①か②の職業に従事し、しかも自己投資は②の箔をつけるような資格取得になってないだろうか

ストーリーづくりがなぜ重要か

マーケターというと広告出稿に詳しいとか売れるLPを作れるとかを連想するが、それでは②のエキスパートになってしまう。ここでいうマーケターはストーリーを作り商品力を高められる人物や、顧客課題を見抜いて商品を改善できる人物を指す。

マーケターの価値が高いのは、マーケターの能力次第で商品価格が原価と無関係に決まり、多くの場合で金額が高いことが商品価値を高めるフィードバックループが働くためでもあろう。

先日、羊羹でおなじみの「とらや」の赤坂本店に行ったのだが、容積を余した贅沢な作りの建物で和菓子を嗜む甘美な時間を味わえた。その話を先に述べた先輩経営者に話したところ、「所詮砂糖と水を練り固めた原価数十円の菓子をその何倍もの金額で売るには、それ相応のブランド力がなければいけない。とらやはどうしたら砂糖の塊を5,000円とかで売れるか、考え尽くしている」という見解をもらった。

とらやの羊羹はやや高いが、ブランドが行き渡ると羊羹を買う人ももらう人も金額そのものを価値に感じてしまう。

物事を批判的に捉える ① 金融商品

個人向けの投資商品を買う前にはこのアドバイスについて考えるとよいだろう。「本当に儲かる商品ならなぜ自分にわざわざ営業しているのか?

不動産市場では有望な物件・土地ほど市場(レインズ)に出回らないそうだ。本当に良いものなら不動産屋が自分で買うからだ。ということは、誰でもアクセスできるサイト上に情報が掲載されていてその物件をやたら営業されていたら、自分より前の人達(より関係者に近い人達)は購入を見送っているということになる。

成功している投資会社は、個人市場からはいっさい資金調達をしない。投資した企業が成長したり、運用で儲けても、もともとの出資者にリターンを支払い、残ったお金は次の投資に回すのである。すごくうまくいっている投資会社は、市場から資金調達をする必要がないのだ。つまり、一般の個人投資家向けに売られている金融商品は、「プロが買わないような商品だからこそ、一般個人に売られている」ということである。

物事を批判的に捉える ②住宅ローン

瀧本氏は現在の日本の経済下で住宅ローンを組むことにも否定的だ。年収の10倍を超える借金を平気ですること自体が異常である。

日本では結婚して子供ができたあたりから、ローンを組んで家を買うのが当たり前のような風潮があるが、それは銀行や不動産会社などから「そう思い込まされている」だけの話だ。経営者でもない普通の人が、数千万円の借金を背負うのは家を買うときがほとんど唯一の機会である。

物事を批判的に捉える ③メディア

日経新聞を読む時にも注意が必要だと瀧本氏は述べる。

基本的に新聞には、誰かが「アナウンスしてほしい情報」だけが載っている。新聞やテレビで公開された情報は、誰か声の大きな人間が、世間を自らの望む方向に誘導するために流している情報だと考えるべきなのだ。真に価値のある情報というのは、みんなが知った瞬間に、その価値がなくなってしまう。つまり、本当に儲け話につながる話は、いっさい新聞には載っていないのである。

日経新聞に頼らずに何に頼って投資をすればよいのか。それは合法的なインサイダー情報を握ることに勝機があるという。その例として、ニュースの内容について自分で裏をとるために電話をかけたり、業界団体を訪ねてその会社について詳しい人に聞くことを挙げている。

マネー・ショートという、リーマンショックで大儲けをしたファンドの映画を見たことがあればこの話はピンとくるだろう。マネー・ショートでは住宅ローンバブルが崩壊する前兆を掴むため、実際に住宅ローンを借りている人たちの収入状況を実地調査した。市場に出回っていない話を足で稼いだのである。

資本主義は「自分が支持している少数意見が多数派になったとき、儲かる」性質がある。市場と違う鋭い考察を得るためにはインプットを変える必要がある、というのがここで述べられる結論だ。

本書の教訓

最近では猫も杓子もプログラミングと、学生ならプログラミングをやらないといけない風潮のようだ。私もプログラミングは分かるのでフェアな意見を言うつもりだが、過剰評価だと思う。今はエンジニア不足がアプリやウェブの世界で起きているから経営的にエンジニアを必要としている会社は多いが、コードレスでアプリを作れる仕組みなどが今後も発展を続けたらいつかエンジニアも人余りになるだろう。

そもそも資本主義において特定の職能に秀でていれば身の上が保証されるなどという想定は甘い。"手に職つける"という安定志向よりも、資本主義の戦いの中で他人と異なるインサイトを得て、それを実行できるような頭脳的なタフネスのほうが圧倒的に重要なのである。

本書の裏の教訓

瀧本氏が言ってるのは「カモにならないための思考方法」を解説したものだ。であるなら瀧本氏の考えは情報商材やサロンなどの信者ビジネスに嵌っているカモたちに聞かせるべきだが、瀧本氏は京大や東大で教鞭をとっていた。東大・京大以下の層は足切りで、世の中全体に薄く広く考えを伝えるよりも優秀な一部の層にしっかり考え方を伝授するほうが効率がいいと判断したのかもしれない。

このように、有意義な考えを伝えてもらうことにも学歴のような資格が存在し、低学歴にはそのチャンスがないのである。なるべく優秀な大学に入り、そこでの人的ネットワークに頼ったほうが良い。










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