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4.「道場」

「東京に来た」

というより「気付けば来ていた」という方が正しい。
東京には何度か、東京ドームや両国国技館に試合を見に行った事はあったが、今回は目的がまるで違う。

自分の人生の大きなステップにしなくてはいけない。

地方の田舎から高速バスで片道6時間。
目的は明確で「レスラーとは」、「その為の準備」。
これを知らない事には何も始まらない。
敵は強大であって、テストを受けて、一発限りの真っ向勝負は確かに聞こえはかっこいい。
レスリングの実績のある人、体が出来上がっている人、それは勿論素晴らしい事だ。
尊敬以外何物でもない。

ただ、現状何も持たない自分にそれが出来るか?

「俺凄いんですよ!何故なら~」ではないし、そんな物持っていない。

「自分何も知らないので教えてください!」
このスタンスでいく以外方法は無い。
現状の自分自身を見た上で「自分を高く売るな」、「安く下手に出て、そして尊敬を撒き散らせ」

礼儀正しくへりくだった人間を人間はそうそう悪くしない。
そもそも自分はただのプロレスファンではなく、熱狂的プロレスファンだ。
必ず打ち解けさせる自信はある。
何故なら向こうもレスラーである以前にプロレスファンだ。

つまり、大事なのは「素直さ、謙虚さだ」

東京では5分に1本電車が来る。
田舎では1時間に1本だ。
この便利さと行きたい所にすぐ行けてしまう、どこか焦燥感のような物が胸の中で何とも言えない期待と不安で渦巻く。

駅を降りた。
誰かの自伝本で読んだが「目的の道場に着いたが、入れなくて近所を何周も回った」
これは紛れもなく真実で、道場の外観はプロレス雑誌で見た事があり知ってるし、住所も勿論必要以上に調べたはずなのに入れなく、本当に2周は回ったと思う。

ただ、その間に辺りは暗くなっていく。
地方の田舎から来ようが誰であろうが時間は平等で待ってくれない。
「自分に失う物は何も無い。だって地方から来たガリガリの奴を絶対明日から誰も覚えてない!」
よし行こう!
とようやく決意が固まった。

不思議な物でこの時の数十分の葛藤のような物は今でも鮮明に覚えている。

入った瞬間、トレーニング器具の金属音が聞こえてくる。
薄暗いライトの下で何人かの屈強なレスラー達が、だが見れば一瞬で分かる普段見慣れている人達が眼前に広がってくる。

入る前は覚えているが入ってからが全く覚えていない。
無我夢中だったのだろう。
辿々しい挨拶をしたと思う。

当然あっちは
「どこから来たの?」
「◯◯から?」
「ここに来る為に?」
若干理解出来ないでいるようだった。

「試合観戦」ではなく、「渋谷に遊びに来たついでに」ではなく、本当にこの為にだけにここに来た。

「そうです!」

無我夢中でありながら自分としてはそれなりに思い通りの展開に、思った。




「面白くなってきた!」

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