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冷蔵庫は誰の手に

日常とは、ひょんなことから変化していくものだった。

「俺、来月引っ越すから。」

「え、まじで」

「急だな」

祥太が仕事から帰ってくるなり言い出した。

ぽかんとする大地と俺を見ないまま、祥太は話を続けた。

「来月から転勤になってさ、今度は広島支社になった。」

「いいな~~広島かあ、牡蠣いっぱい食べれるじゃん」

「お前は本当に食べ物のことしか言わないよなあ」

スーツを脱ぎながら祥太は淡々とつっこんでいた。

がははと笑う大地を横目に俺は祥太に問いかけた。

「転勤ってそんな急に決まるもんなの?」

「もともと転勤あるかもって言われてたんだけど、正式に通達されたって感じかな」

「そうなんだ。全国転勤ある仕事は大変だな。」

俺がつぶやくように言うのを聞きながら、おう、と適当なあいづちをうって、祥太は冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲みだした。大地はもう興味がなくなったのかスマホゲームに目線が戻っていた。相変わらず自由なやつらしかいない。

「あ、俺もビール飲みたい」

大地はスマホから目線を外さすつぶやいた。そのまま立ち上がって冷蔵庫の前に移動した。あいつさっきまで飲んでたのにまだ飲むのか、と思ったが心の中にとどめておいた。

「ってかさ、祥太いなくなったらこれどうすんの?」

大地に目線を向けると、冷蔵庫を指さしていた。

「あ~確かに家電どうにかしないとなあ」

祥太はビールを飲みながら冷蔵庫を眺めていた。

「祥太、思い出いっぱいなんだろ?これおいてってもいいだろ?な?」

大地はへらへらしながら祥太を見た後に、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「うるせえな、お前にそれ言われたくねえんだよ。」

祥太は吐き捨てるように大地に向かって言った。

「ああ~。料理上手な彼女に振られたときのやつだっけ」

「達也まで追い打ちかけんなよ」

祥太は少しむっとしながら言い返してきた。普段の淡々とした口調よりもいらだちが見えて思わず笑ってしまった。

「どっちにしろこれは置いてくよ。一人暮らしじゃこれはデカすぎるし」

「料理作ってくれる彼女もいないしな」

大地は自分で言った言葉にげらげら笑っていた。こいつ酒飲みすぎだろ。と思いながら祥太を見たら顔に怒りが現れていた。それを見て笑いそうになったけど納めておいた。

「どっちにしろさみしくなるな~。一人減るのか~…でも部屋広くなるからいっか!」

またがははと笑いながらビールを飲んだ大地は、寝っ転がりながらスマホゲームに戻っていった。祥太はため息をついてからビールを飲みだした。

いつも通りの二人の様子を見て、ルームシェア始めたての頃を思い出した。

会社の家賃補助を駆使して、無駄に広い部屋に住みだした俺に最初に食いついてきたのは大地だった。

大地は親と喧嘩したからと言って、家出してうちに転がり込んできた。最初はすぐ出ていくかと思ったらそのまま居座った。

まあ部屋にまだ余裕はあるし、意外と家事もちゃんとできるやつだしいいかと思って成り行きでそのまま一緒に暮らしていたところに、突然やってきたのが祥太だった。

同棲してた彼女に振られて落ち込んでいたところに、かわいそうと思った大地が勝手にうちに来ればよいと許可を出したら、本当に引っ越してきた。

俺もいいとは言ったけど、本当に来るとは思っていなかった。しかも引っ越すころにはけろっとしていて、家具家電にケチつける、俺が持ってる方がいいやつだ、と言って入れ替え出した。

こいつらは、俺が家主だということを忘れているのかと思うレベルで自由に過ごしていった。まあ、俺も今このご時世で一人で広い部屋住んでたらもっとふさぎ込んでたかもなあなんて、ニュースの緊急事態宣言という言葉を見ながら思った。


あっという間に1か月経って、祥太は本当に引っ越した。

「じゃあな、こっち帰ってくるときは遊びに来るわ。」

祥太は出張用のスーツケースを引きながら家を出た。

「お元気で~~~~お土産待ってるぞ~!」

大地は相変わらずへらへらしながら見送った。

「あ、お前ら、冷蔵庫きれいに使えよ。俺だと思って大事に扱えよ」

「祥太は冷蔵庫並みに冷たいもんな。」

「確かに~達也うまいこというな!」

「お前ら最後まで本当にうざいな」

3人で一笑いした後に、祥太は本当に出ていった。

少し広くなったリビングが、なんとも言えないさみしさを醸し出していた。

「そうだ、達也。俺も引っ越すんだ。」

「…は?」

リビングに寝っ転がりながら大地は言った。

「おれ、彼女と同棲するんだ~…いいだろ。」

大地はにやにやしながら俺を見てきた。突然のことで、言葉が出てこなかった。

「今日内見行って、よかったら契約してくるから。元気でな」

大地は冷蔵庫の前に立って、扉に手をかけながらつぶやいた。

「祥太は広島で彼女できるといいな。頑張れよ」

がははと大地が笑っていた。やっぱりこいつは馬鹿なのかもしれない。


ふたりともいなくなって数日経ったあと、動かなくなったグループラインの通知が届いた。祥太からだった。

『お前ら、冷凍庫開けたか?』

『達也、冷凍庫の一番奥見て!』

続けるように大地からもラインが入っていた。なんだかよくわからないまま冷凍庫の一番奥を覗いた。

「……あ。」

そこには見慣れた二人の文字が書いてある箱があった。

『達也、いままでありがとう』

『これ食って元気出せよ』

こんなわかりにくいサプライズ、気づくかよ。そう思いながらスマホを開いた。

『ふたりともありがとうな。でも俺が好きなの馬刺しじゃなくてジンギスカンだからな』

『マジで!?』『大地のほら吹き!』

文字だけでも二人の様子が浮かんできて、思わず笑ってしまった。

なんだかあの頃が返ってきたかのようだった。




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