留め深夜
「急な話で、困りますよ」
「ごめんなさい。でもどうしても今」
「だからといってこんな湯船の中にまで来なくっても」
「ごめんなさいでも私どうしたらいいか...」
河渡さんは今日の日中、オフィスで大きな失敗をしたのだ。
いや、大きな、というのは河渡さんの心中を察するとそうだろうという規模感であり、客観的あるいは私個人の主観としては、そうたいそうな失敗ではない。
そういった日中を終え、私の中では事の小ささに既に忘れ去っていたのだが、何を考えたのか今になってこの河渡さんはこちらへ助けを求めに押しかけてきたのである。
「明日が来る前にどうにかしないと...
河間坂さんどうか私の力になってください...」
力なく縋る河渡さんの態度を振り払うわけにもいかないだろう。
私は湯船の進路をオフィスの方へ切り返した。
こんなことになるなら、乗船リンクを共有するんじゃなかったな。
私の中の軽薄な部分がそう呟いた。
「とにかく、いったんオフィスに向かいます
針抜きくらいはどこかにあるでしょう。資料は何部くらいあるのですか?手分けしてやりましょう」
「あぁ...河間坂さん...なんと親切な。
本当に感謝します。私はなんと恵まれているのでしょう」
時刻はCS47:65
2人で取り掛かれば、日付が変わる前に余裕で終わるだろう。
私たちは真っ青になっただれもいないオフィスに靴音を響かせた。
だれもいない会議室。
右上に止められたホチキスの針を抜く。
98部目の資料を間違いなくホチキス左上に留め直す頃には、私たちはすっかり友だちになっていた。
軽薄な私はいる。
でももういない。
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