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異世界で写真を撮る方法ですか?(あるいは最近やっていることの説明)

 俺は平凡な高校生。趣味は写真、尊敬する人は森山大道とロバート・キャパ。その日も道を歩きながらストリートスナップを撮っていたところ、乗用車とトラックと電車(東武東上線ふじみ野川越駅間)が絡む事故に巻き込まれて異世界転生してしまった! この西洋中世なんだか近世なんだかよくわからない異世界でも写真を撮りたいんだけど、どうすれば良いのだろう?

 以上お便りでした。お久しぶりです、巡宙艦ボンタです。
 今年の9月はインディーアニメクロスが開催されたりビデオサロンで講座を持たせてもらったりと忙しかったのですが、気管支炎やひどい炎症と化した足のケガ等の災難にも見舞われ、また創作的にスランプにも陥り、プラス方向へもマイナス方向へもせわしない状態にありました。いやあ大変だった……。

 さて、講座で自分がこれまでやってきた事について語る上で、今までの道のりについて振り返る必要性に迫られました。正直なところまだ大した道を歩いてきてはないのですが、それでもそれなりに特徴があるもので、私にもモットーらしきものが芽生えました。『アニメーションは冒険でなければならない』です。マニフェストと言ってもいいかもしれません。
 ようは、一作品を作るたびに、資料を漁ったり考えたり、あるいは外へ出て観察や実験をするなど、何か知的な冒険をして新しい物を持ち帰ってきたいという事です。時代の地層や窓から見える風景から、面白い物を見つけてくる役割でありたいという願望の表れでしょう。

カメラから自作して写真を撮る

 じゃあ冒頭のお便りにお返事していきましょう。9月の私に負けず劣らず、相当厄介な事に巻き込まれているようですね。沿線にやたら踏切の多い東武東上線には気をつけましょう。
 ここ一か月の間私が(やらなければいけないことから逃避しながら)研究していたのが、まさにこの写真術の再発明というテーマでした。いまや人々が何気なく撮っている写真を、その発祥にさかのぼって作ることはできないか?という事です。
 そもそも最初の写真が撮られたのは1820年代ごろと言われています。フランス人のニセフォール・ニエプスという人が、カメラ・オブスクラに瀝青(日光で硬化するアスファルト)を塗った板をセットして撮影されました。光が当たったところが硬化して、それ以外は柔らかいままなので、撮影した後に油で洗い流すと風景の像が残るという原理です。彼はこれをヘリオグラフィと名付けました。

『ル・グラの窓からの眺め』ニエプスの別荘の二階から撮影された。露出は8時間以上必要だったと言われており、その証拠に家の左右の壁面に日光が当たった様子が見られる。

 カメラ・オブスクラとは元々画家やアマチュアの旅行者等が使っていた絵を描くための器材です。木で作られたスライドできる箱にレンズとスクリーンが付いており、景色を平面に投影することができます。これに紙を当てて上からトレースすると、本物とそっくりに絵を描くことができる……というわけです。フェルメールが自作に活用したとも言われています(これには反論もあるらしいですが、フェルメールは顕微鏡を使って微生物を研究したレーウェン・フックと同じ町に暮らしていたらしく、レンズや光学について語り合ったのではないかとつい想像してしまいます)。

このカメラ・オブスクラでは、絵としてなぞりやすいように像を上に反射する風になっている

 カメラ・オブスクラはよくカメラの先祖と説明されるのですが、この研究を始めるまでいまいち2つの関連性を理解していませんでした。実際のところ、初期のカメラとカメラ・オブスクラの構造に大した差はなく、ダゲレオタイプを撮っていたような初期のカメラはカメラ・オブスクラそのものなのです。唯一違うのは、スクリーンの部分に感光材料をセットできるようになったところでしょう。つまり、画家が鉛筆でなぞるのに代わって、感光性のある素材を介して光に絵を描いてもらおうという発想が、写真の始まりなのです。
 レンズと暗い箱、そして感光材料が適切な位置に配置されていれば、光景が像として定着されるはずです。まずはカメラ・オブスクラを作るところから始めましょう。

カメラ・オブスクラ一号機

 はい、カメラ・オブスクラができました。随分あっさり書いたな、と思われるかもしれませんが、別に特別な部品は使っておらず、全部セリアのインテリアコーナーに置いてある材料でできています。多少の木工スキルがあったら板材から全部作ることも可能でしょう。レンズはセリアで売っていたいい加減な精度の虫眼鏡を使っています。レーウェン・フックは顕微鏡のレンズを自分でガラスを磨いて作ったそうですから、いい感じのガラスの塊が手に入れば異世界でも自作が可能です(水で満たしたフラスコを使うという手もあります)。

スクリーンにはトレーシングペーパーを張った。曇りガラスでも可

ピント合わせのために、裏には開閉可能なスクリーンを設置します。レンズの付いた前箱を前後させてピントを合わせ、スクリーンの場所に感光材料をセットして像を写し取るのです。

SunprintKitというサイアノタイプ印画紙を利用。テストの結果これが一番良かった

 裏蓋を開き、感光材料としてサイアノタイプの用紙をセットします。サイアノタイプとは、子供の夏休みの自由研究で使われるような日光写真の素材で、古くは図面を複製する青写真としても使われました。紙の上に物を置いて太陽の下に15~30分ほど置いておき、その後水洗すると、影になった場所が白くなり、光が当たった場所はきれいなブルーになります。天文学者のジョン・ハーシェルが発明したオルタナティブ・プロセスの一つです。

 サイアノタイプを選んだ理由はいくつかありますが、やはり取り扱いや現像の容易さが上げられます。感度が著しく低い代わりに、ちょっとやそっとでは感光しないので、うっかり取り扱いを間違えてもどうにかなるし、現像は蛍光灯が灯った洗面所で行えるのです。厄介で有毒な廃液の処理も必要ありません。 サイアノタイプ印画紙はフェリシアン化カリウムとクエン酸鉄アンモニウムの混合液を紙に塗布して乾かすことで作られます。フェリシアン化カリウムは動物の内臓を煮詰めることで得られる黄血塩を更に塩素に潜らせることで得られるらしいので、異世界ならぜひとも錬金術師に尋ねてみるといいかもしれません。都合よく赤い塩の情報を持っているかもしれません。

写真術の実験

 さて、問題は適切な露出時間がわからない事でした。像が出ない日々が一週間ほど続き、結構心が折れそうになりました。
 サイアノタイプで写真を撮っている先行例は国内にほとんど確認できず(富士フィルムのコピアートペーパーという便利な素材を使っている例はあったのですが、製造中止につきキットごと消滅していました)、Youtubeで海外のアマチュアがトライアンドエラーを繰り返している様子が確認できたのみでした。しかも露出時間が15分から6時間と幅がありすぎる。結局少しずつ時間を延ばしながら実験を繰り返すことになりました。

日当たりのいいベランダで実験する

 その瞬間はようやく訪れました。曇りから晴れといった空模様の下、1.5時間露出したものを取り出したところ……おお、映っている!

ネガ像の形で現れる。

 水洗すると綺麗な青色のネガ像が浮かび上がったではないですか!正しい風景として見るにはデジタル上で反転する必要があります。

ベランダの風景。隣の家のBSアンテナが映っている。

 私は天にも昇るような気持でした。本当に映った! この感動は実に唯一無二の物でした。おそらくきっと、ニエプスが瀝青を使って最初に良好な結果を得た時も、こんな喜びが胸中にあったのではないでしょうか。

メメント・モリあるいはヴァニタスな静物
初期写真には絵画の影響が強く出ており(たとえばダゲールやアメリカ大陸に写真を持ち込んだモールスは画家でした)、ザ・静物画というモチーフが多くみられます。

 カンカン照りの1.5~2時間露出すれば必ず像が出ることに気付いた私は、調子に乗っていろいろな物を撮りまくりました。

公園で野外撮影に挑戦


なんだかドリーミーな水飲み場です。蛇口に光が反射しているのがよくわかります


花瓶!海外の先駆者もなぜか全員花瓶を撮ろうとしているように見受けられます

 ネガーポジ法を発明したフォックスタルボットは、カメラオブスクラの仲間、カメラ・ルシダで旅行先の風景をスケッチしようとした所、全くうまく描けなかった事をきっかけとしてカロタイプ方式の写真の発明に至りました。彼はまた、カロタイプの複製のしやすさを生かし、世界で初めて写真集を出版したことでも知られています。その写真集の名前を『自然の鉛筆』と言い、彼が写真をどのように捉えていたかが良くわかるエピソードだと感じます。この花瓶の写真はまさに自然が光の鉛筆を撮ってスケッチしたかのような風合いに満ちており、私はすっかり夢中になってしまいました。

遠景を写したい

1838年、タンプル大通り

 初期写真において好きな一枚があります。ダゲールが自分のアトリエからダゲレオタイプで撮影したパリのタンプル大通りの写真です。町の陰影が美しく、また世界で初めて人物像を捉えていることでも有名です。当時の露出時間は10分必要で(しかしニエプスの8時間からは大幅に短縮されました)10分じっとしているのは左端の靴磨きだけだったのです。
 私は次第に、ベランダの中だけではなく、もっと遠くの風景を撮りたいと思うようになりました。

ベランダからの視点。気に入っている一枚

 最初のカメラ・オブスクラは虫眼鏡のレンズが非常に明るく(計算したら開放f3らしい)、比較的短い時間で像をとらえることができていました。ですが問題は、構造上約30メートル以上の遠くにピントが合わないという点です。箱のスライド部がつっかえてしまうのです。これを解決するため、新たなるカメラを作ることにしました。

新しいカメラ でかい!

 問題はレンズの焦点距離が短すぎた事。そこで、ヤフオクで古い真鍮の大判カメラ用レンズを調達。これなら無限遠で21センチの場所にピントが合うはずです。

写真を撮っているカメラを撮る
3時間露出した結果。鮮明だが暗い

 結果としては確かに像が鮮明になったのですが、レンズが暗く(より光が捕集できなく)なったために、撮影に余計に時間が掛かるようになってしまいました。これからまた撮影条件を探らなきゃ……とほほ

おまけ:自撮りに挑戦したが日光がきつすぎて45分程度でギブアップ。2時間も動かずにいるのはできなかった

これからの研究テーマ

 さて、自作のカメラと写真術で像が得られるようになったのが、ここ1か月ほどの成果でした。しかしながら、まだこの写真術は完成しているとは言えません。なぜなら、一回デジタルで反転する工程を経ているからです。
 ネガで像が出るタイプの写真は、本来裏焼きと呼ばれる過程を経る必要があります。つまり、ネガの画像にネガで同じようなネガで印画される印画紙を密着させ、光に晒して感光させるのです。これで像は二回反転することになり、現れる画像はポジへと戻ってきます。カロタイプの革新的な部分はこうしたネガポジ法の発想でした(ネガの印画紙があればいくらでも複製できるのです)
 しかしながらサイアノタイプでは感度が低く、同じことを行うと画像が見えなくなってしまうことが考えられます。そこで現在目を付けているのが、ガラスサイアノタイプです。

イラストをデジタルネガにして印画。紙よりずっと繊細だ

 サイアノタイプ溶液へゼラチンを入れて湯煎し、その液体をガラス板へ流し込み冷却、乾燥させると、ガラスサイアノタイプの乾板ができます。この状態で印画すると、紙より透明度が高く、目もきめ細かいネガ像が得られるのです。考えているのは、このガラスサイアノタイプ乾板を使って風景を撮影し、そこからさらにサイアノタイプで裏焼きしてポジ像が得られないかという事です。

ガラスサイアノタイプで撮影したベランダ。紙の目がないため、細部がすごくはっきりしている。が、洗ったら画面が崩壊してしまった

 ですがそう上手くはいかないものです。ガラスサイアノタイプは作成が非常に難しく、たとえ像が残っていても、現像時に水洗するとすべて流れてしまう事態が多発しています。成功例も一度出たのですが再現性がなく、どこが影響するのかまだよくわかっていません。風景の定着には成功していない状況です。これからの課題と言えるでしょう。

参考になったでしょうか

 私自身が手作り写真術の奥深さにおののいている所ですが、異世界の写真少年の参考になったら幸いです。ここではサイアノタイプを使いましたが、水銀蒸気に気を付けながらダゲレオタイプを研究してもよしだし、魔物に満ちた森を歩いて、異世界ならではのファンタジック感光材料を探すのもいいでしょう。なんか光に反応する苔とかあるんじゃないんでしょうか。

>王政打倒の革命に参加したらどこもかしこも粛清の嵐でそれどころじゃなくなった……

 なんでそんなことになってんの?


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