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現代おビョーキ大全〔慢性美炎〕

 美しくなろうとする意識が高じて度が過ぎ、日常生活になんらかの影響をおよぼすほどになる。罹患者の大半は一部の学生を含む社会人女性である。「美炎」の発音は「びえん」だが、鼻の疾患である「鼻炎」とは関係ない。
 なお、本事典全般に共通することだが、この大全で言うところの病気とは「おビョーキ」のことである。

【症状】

 慢性美炎は、初期の段階では肌の色合いをととのえたりシミを隠したり、アイメイクに凝ったりする。
 しだいに唇の色やつや、厚みなどを強調したり、顔の明るさを印象づけたり血色感を強調したりということを必要以上に行なうようになる。

 マニキュアやペディキュア、つけまつげ、ウイッグなどを装着したり、眉毛を剃ったり描いたりしたりするのはもちろん、若い人の場合は時代の先端を行くヘアスタイルにしたり髪を奇抜な色に染めたりすることも多い。
 このへんまでは正常との区別をしにくく、単なる厚化粧として見過ごされることが多い。

 病気が進行するにつれ、耳たぶや鼻、普段は見えないあやしい部分にピアスをしたり、目、鼻、頬、顎などを整形したりすることもある。
 腋下のみならず、腕や脚、さらにはVIOなどと呼ばれる、特定の人にしか見せないデリケートな部分の美容脱毛や医療脱毛も広く行なわれている。この脱毛は男性の利用者も増加している。
 さらに進むと、女性では腹部の脂肪吸引や豊胸手術なども行なわれることがある。

 男女の別なく眉毛のアピールは重要で、これを見映え良く演出できるかどうかが化粧のできを左右する。眉毛は魅力的な顔をつくるための大きな要素となるからだ。とにかく、見える部分にはすべて手を施す。
 症状は個人差が大きいうえ多岐に渡るため、病気と診断するのがむずかしい。結局、化粧のようすを基準として判断することになるが、かなり困難なのが実情だ。
 なお、衣服や持ち物などを高級ブランドにするなども症状とされる。

 この病気の弊害として、化粧に費やす時間が長くなることがあげられる。会社の始業時刻やプライベートの待ち合わせなどに遅刻したりする。
 もうひとつは出費が多くなることで、金欠病を併発しやすい。

【原因】

 自分を対外的に美しく見せたいという欲望が異常に強くなることが原因。原因を大別すると、ひとつは「異性の気をひきたい、好かれたい」という、広義の求愛につながる欲求から発症するケースがある。
 もうひとつは、性別に関係なく、社会的に「きれいな人」や「身だしなみのととのった人」などというふうに認められたいという欲求の現れである。ほかにもいくつかの要素があるが、根本的にはこのふたつが原因とされる。

 なお、生まれつき美しくても、さらなる美を求めるという際限のない欲望にとりつかれるケースもよく見られ、罹患者はいっこうに減ることがない。

【治療】

 病気自体の治療としては患者の意識に働きかけるしかない。よく用いられる言葉には以下のようなものがある。
「あなたは十分に美しいから、これ以上望まなくてもいいんじゃない」
「スッピンのあなたが好きって、あなたの好きなA夫くんが言ってたわよ」
「化粧品のお金の半分くらいは、趣味に回したほうがメリットがあるわ」
「過度の化粧は肌によくないみたいよ」
 これらの言葉をベースにし、さりげなく会話に織り込むことが治療につながる。言うまでもなく、患者が信頼する人物や恋人、好意を寄せている人物などが言うのが望ましい。

【予防】

 日ごろから正しい化粧を実践する。
 過度の化粧は逆効果になるという実例を見つける。
 自分の限界を把握しておく。
 世の中にはできないことがあるという現実を理解する。


【その他】

[急性美炎について]
痴生堂化粧品 製品開発室 室長 壁尾ぬり子氏

 「慢性があるなら急性もあります。それが世のならいというものですよ。
 ふだんあまり化粧しない人が突如として化粧をするのが急性美炎です。慢性の場合と違って、過剰な化粧でなくても該当するというのが特徴です。
 どういうときに発症するかというとですね、自分が好意を寄せている人に急遽会うことになったとか、突然葬式ができたとか、つまり、突然人前に顔を出すことになったときに発症するんです。
 なぜそれを急性美炎と言うかですが、ふだん化粧しないために、いざ化粧となったとき、必要な化粧品がなくてパニックになったり、慣れないことをするものだから失敗したりするわけですよ。鼻の頭に口紅を塗ってしまったり、眉毛をゴルゴ13みたいに太く描いてしまったりするんです。
 でね、こういったことをすべてひっくるめて急性と称するわけです」





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