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電話の向こうの怪しい人たち

 インターネットの普及と発達に伴い、個人情報やプライバシーの漏洩が大きな問題になっている。企業は必死になってガードしているが、それでも漏洩が後を絶たない。

 今ほどインターネットが高度に発展していなかった時代にも情報の漏洩はあった。ただし、今とは異なり、漏洩元はインターネットではなく、学校の同窓会やら何やらの名簿などを買い漁り、高額で売る情報屋だった。いわゆる名簿業者の暗躍だ。
 平成の中ごろ、私が地元のタウン誌に載せたエッセイがある。それにちょっとだけ手を加え、再構成してみた。

 私がデザイン事務所を構えていた時代、いろいろなセールスの電話がかかってきた。多いのは先物取引や金融、電話会社の代理店からの各種サービスに関するものなどだった。ほかにも、数は少ないが、マンション、コピー機やファックス、事務用品、人材派遣、警備などの売り込みがあった。
 あまり耳にしないものでは、どういう仕組みなのかは知らないが、ガソリン代や高速道路の通行料を安くするシステムはいかがでしょう、などというものもあった。

 売り込み以外の電話も珍しくなかった。
 何の目的か私は訊かなかったが、20代の男性社員へアンケートのお願いというのがあった。私は「残念ながら中年しかいません」と正直に答えてしまったが、電話を切ってから「はい、私は20代です」と偽って回答すればおもしろかったかな、などと思ったものだった。
 また、女性からの電話で、「女性社員の方はいらっしゃいますか」というのがあった。これはアンケートなのかセールスなのかわからなかったが、幸か不幸か、私の事務所に女性はいなかったので、なんのことか不明なまま通話が終わった。

 こういった電話の主はほとんどがまっとうな企業だと思うが、なかには怪しげなものもあった。国家資格を思わせるような資格取得の勧めもあったし、実在する某公的機関を名乗ってあれこれ訊いてきた、明らかに怪しい電話もあった。この手のものはしばしばニュースで報じられるが、油断も隙もあったものではない。

 「なぜ私の事務所へ電話をしてきたのですか」とか、「電話番号はどういうふうに調べたのですか」と相手に訊いたことがあるが、答えは「電話帳で手当たりしだいかけています」というものだった。嘘かほんとかわからないが。

 電話帳で手当たりしだい、というのでは説明のつかないケースもあった。
 ファックスでいきなり資料を送ってくる、まったく知らない会社もあったが、電話帳には出ていないファックス番号をなぜ知っているんだ。しかも、紙とトナーはこっち持ちなんだから二重の失礼だ。
 なぜか個人名を知られている場合もあった。おそらく名簿業者から入手した資料でも使っていたのだと思うが、もちろんそれだけでなく、素人にはうかがい知ることのできない妙なルートだってあるに違いない。

 そういった名簿や資料のなかには内容の薄いものもあるようで、私の事務所の名前はつかんでいても、私個人の名前の読みや、名前そのものがわからなくて訊いてくることもあった。ひどいのでは、「御社はどんな業種なんですか」などと尋ねてきたお粗末なものもあった。

 ごく一部だとは思うが、モラルが低かったりマナーが悪かったりする会社もある。あつかましくて強引で、他人の都合や迷惑などは考えない、押しの一手を絵に描いたような姿勢だ。
 何度断っても電話をしてくるし、担当者など決めていないのかどうか、同じ会社の複数の人物からかかってきたこともあった。
 案内書なんかいらないと断ったのに郵送してきた会社もあったが、そういうものは開封しないまま捨てた。

 電話してくる人物もいろいろで、会社の方針なのか本人の人格なのか、電話を切るタイミングをつくらせないかのごとくまくしたてるのもいたし、こちらが何か言うたびに、「うん」という、返事なのか相槌なのかよくわからない音声を頻繁に発する女性もいた。こういう、営業能力以前に社会常識が欠如している女性などは、きちんと教育してから仕事に就かせなければいけない。

 電話をかけてくるとき、社名を名乗ると敬遠されると計算してのことか、はじめは個人名を名乗ってくるという、狡猾でしたたかな輩もいた。うっかり応対しようものなら、先方はしめたとばかり喋り続けることになる。

 現在の私はリタイアし、自宅を活動の場としている。そのためか、おかしな電話は少なくなった。それにしても、なんだか世知辛い世の中だ。

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