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夢は乾杯とともに

夢が叶ったら、思わず乾杯したくなる。実際に乾杯する人もいるだろう。私はどうしよう?だって私の夢は乾杯することだから。乾杯できたら、もう一回乾杯することになるのかな。

乾杯2

これは長い長い夢かもしれない。目が覚めたら、あの頃に戻っている。あの頃は大学時代?高校生の頃?中学生?小学生まで遡ろうか?今じゃなければいつでもいい。目が覚めたら、今の悩みは片鱗もなく、朝が来るのが楽しみな私がいる。あの頃も悩みがなかったわけではないが、自分の努力だけではどうにもならない、どんなに泣き叫んでも、変えられない現実があることを知らなかった。そして、乾杯はいつも誰かと一緒だった。
学生の頃から、とくに社会人になってからは、友達や仲間たちと夜飲みに行くのが楽しみになった。おいしいものを食べておいしいお酒を飲んで、尽きないおしゃべりが至福の時!ワイワイ、ワーワー言いながら何回乾杯したことだろう。私は、いい気分になって仲間たちと歩く都会の夜が大好きだった。
それなのに、障害を持った子どもが生まれて、私はひとりがいいと思った。きっと同情されるだろうなあと思って職場の人や学生時代の友人たちには子どものことは話せなかった。他人からの同情を、「私は哀れまれている、敗北者だと思われている」としか思えなかった。私はありとあらゆる人たちの頭から、私についての記憶を消したいと思った。外に出たときは自分の気配さえ消したいと思った。この世に存在しない人になりたかった。私は、子どもに障害があるとわかって、ふいに足を踏み外して穴の中に落ちてしまったのだ。この深くて暗い穴の中から抜け出せることはできないと思った。この暗闇の中でもう二度と心から笑うことはないと思った。
以前子どもが入院した時に、看護師さんから「(子どもの障害を)よく受け入れられましたね。お母さんはえらいです」と言われとことがあった。「え~、全然えらくないよ」と心の中で叫んでいた。その頃の私は、全然受け入れてないし、しし座流星群を見た時に願掛けしたりして、いつかわが子が健常者になるのではないかとアホみたいなことを考えていたのだから。そして、「これは悪夢だ!いつか覚める」ことを願った。
やっと子どもが歩けるようになっても、健常児とそのママたちがいる公園には行きたくなかった。行くのは、病院か障害児のための療育施設か親子教室ぐらいのもの。悩みを聞いてもらったり、悩みを共有できる人たちに出会えたりしたが、乾杯する気にはなれなかった。やっぱりひとりがいいと思った。
子どもが保育所や学校に通うようになると、家に閉じこもっているわけにはいかず、先生や他の子どもたちの保護者の方たちと話をする機会は避けられないものだった。そこで健常児を持つお母さんたちと話しをする機会があった。障害児のお母さんだけでなくどんなお母さんにも悩みがあることを知った。
小学校は地域の学校に通うことにした。集団登校の時にどうしたら一緒に通学できるかを同じ登校班の子供たちがいろいろ考えてくれた。一緒に下校していた同級生の女の子は突然うちの子に胸をたたかれたのに、「ここはだめだけど、ここならいいよ」と言ってランドセルの背をポンポンとたたいてくれた。
中学校からは支援学校に通うようになり、うちの子とは違う障害を持つ子どもたちや保護者の方たちと出会い、感心したり、共感したり、勇気づけられたりした。
「子どものため」を連呼する人もいれば、私にお母さんとしてではなく、自分のための時間を使うことを勧めてくれた人もいた。
望まないまま、いろいろな人たちと出会っていくなかで私は、いつの間にか誰かと繋がることが支えになったり、安心になったり、単純に楽しいことだったりするようになった。
子どもが年齢を重ねるとともにこちらは心身ともに負担が増え、将来の不安はどんどん大きくなってきた。それでも、今私には本当の夢(希望)がいくつかある。このコロナ禍が終息したら、金銭的にはなかなか叶えるのは難しいが、豪華クルーズ船に乗って北欧に行ってみたいというのもその夢のひとつだ。これはわが子のためとか障害者のためではなく、私だけのためにみる夢。障害者の親と言うだけで、「すごいことをしている」「人間出来ている」まるで“聖母”のようなイメージを持たれがちだが、私はどっぷり俗世にまみれた欲も見栄もある凡人なのだ。

マダムX乾杯2


月日は否応なしに流れていく。暗闇の中でもう二度と笑うことはないと思っていた私が、気がついたら涙を流して大笑いしている。お腹がすいたらおいしいものを食べたくなる。今でも一喜一憂、落ち込んだり這い上がったり、前向きだったり後ろ向きだったりしているが、生きているのだからしょうがいない、と思う。そして、私は夢をみる。また誰かとワイワイ言いながらお酒を飲んで乾杯したい。大人になったわが子ともいつか乾杯してみたいなあ。

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