タクシー・5

この二羽分の皮をこの道八十年、五歳から習ったバイトのお婆さんが夏場のエスキモルックでチルド室にこもり、熟練の技で丸一日かけ丁寧に剝ぐ、これが一セットとして桐の化粧箱に納められ、熨斗には島一の老書家タッチ・ハヤナリイジョの手で“特級皮両染色体保証ロベルテ・チョンガ謹製”と揮毫されます、八十年キャリアのお婆さんは十四人いるので日産十四箱が可能でも、雌鶏を貫く然るべき人手というか、的主不問の若い太竿が慢性的に品薄というわけで、いよいよロベッチョ皮は珍貴のあたまんなのです、ともかくも一息にざじゃじゃっと淫血を抜くのは雌の驚愕に凍った血潮が次の瞬間にカッと喜びに熱し、毛細血管から皮へ到達したと同時でなけれhばならず、又雄の怒りと恐怖と性的興奮がひとかたまりになり、ストレスで色悪くブルベリジャム様に粘った気の早い血糊が沸点に達し、毛穴から吹き出る直前に、これもジャジャヌルッっと抜かなければならず、ハメ手とヌキ手の呼吸がピタリと合ってこそ、番い皮を超特急で超特級皮たらしめるのです、この素晴らしいコンビネションは単純ですが、研ぎ澄まされた技術が醸す華美で残酷ながらもどこか間抜けな悲恋の賜であり、そこには洗練蒸留されたペーソスが忍び笑いと共に上品に漂います、この芸術の首尾はひとえに卓越した人為に掛かっているのですが、人の悲喜劇好きは芝居、小説、音楽、絵画に倦かずこうして食にまで及んでいるんですね、人間の業とは実に身勝手で愛くるしいものです、皮を剝がされた残りの肉にはネゴシアン達の激しい競りが待っていますが、チョンガ物は例外的にブレンドされずに、目玉を始めその他の玉という玉が残らず我先に飛び出そうとするところを、お前さん方ちょっとお待ちなさいっと叫び大急ぎで抑えるのには、とても四本の手足だけでは間に合わず、助っ人を頼まないわけにはいかないほどの高値で取引されますが、元より皮と比べてはロハ同然です、ロベルトの皮に対する図抜けド法外という評価には些かの下げ代もありません、かの鳥類労働法経学者ポリ・ラファルス卿は引退の最終講義を、チョンガの皮が食卓にのぼる可能性がいかに些少であり、キッパリないと云ってさえ堂々とまかり通るを許さないわけにはいかないほど絶望的であるとしても、皆さんがこの至宝がある事を知り実際に存在すると信じるならば、ロベルト・チョンガの皮と共にこの世界に存在する奇跡を狂喜乱舞を以て迎え、時化た人生の全体でこの偉大な皮を、己の目前純白の皿に唯の一度でよい、飾る為に賭けようではありませんか、そうする事が頼んでもいないのに与えられた暇つぶしの人生に対する真摯な態度であり、これに空耳を使うあなたは如何なる他の喜悦に酔い痴れる日々を過ごそうとも、その卑怯な生き様はドサイの廃れそのものであると断乎宣言致します、とラファルス氏積年の世界的研究とは関係の薄い話で締めくくったのです、晩年の教授はかなり脳がやらかく黒カビ臭がきつくツンと酸っぱかったのは、氏と同僚の法医学教室支配が幼馴染みの学食シェフと共に無許可でそっと摘出し、内々に仲間大勢を呼び、盛大に弔いの祝い酒を痛飲しながら造りでやってみたので分かりましたが、とはいえその影響は絶大でした、

　つづく