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タクシー・2

ハナにはヒトの、ワタ、キモと限った事でもなく各部のシシで人種、性別、人となりを当てっこしたのが〝ききぎも〟だが人権なる不思議が流行ってこの遊びは鳥獣で代替した陰萎な麻雀に堕した。それでも当節破廉恥な趣味人、本寸法の気概で何憚らず表通の音がガガンボの鼻歌程に聞こえる裏通りをゆくが、ツムリ具合のまともな部を見繕って質におくところは全うの頃とかわらない。

この家は鶏の利肝屋だが肉が焼けても客に出さない。生肉に漸次火が廻り焼き鳥になりその後だんだん炭になる。なってから持って来る。
官庁街の裏通り、屋号も出さない、勝手口、と小さく半紙に墨書したくぐり戸が玄関口、ひっそりとしたごく小体な構えだが中は広い、五百坪の畳敷き店内、中央に三名用の茶室擬きが地味に建ち、これだけが客間だ。しかし喫驚な噂は地下の無辺さ、二千キロ平米越えの空き地で東京都と互しており、そんな人目皆無の一隅でなおも秘密裏に鶏の栽培が潜行しているという。既に鶏の植物化に成功しているのではないか、と小声で話すヴィセラ愛たち。何れも重症な嘗肝症候群疾患者連の大真面目なはなしだが、見た者はない。

炭を纏った串、小僧躙り口から盆暗顔をもって運び入れ、木刀で真剣勝負が始まっている。焼鶏は完全に炭化して後供される為竹串は最も抗熱性に勝った極く特殊な材を使う。台湾島は竹山地方、相模地区、加藤酋長所有の藪のみから自生する希少変態種、焦不知だ。硬度はダイヤモンドにやや及ばないもののコランダム以上。この竹は年二回春秋の競りにかかるが各々三十貫に満たない少量、暇を持て余した好事家の中でも変わり者の部に入る蒐集家向けであり、竹串に仕立て焼鶏に使う例は他に見ない。この串に刺される鶏がいかに珍らかものであれ焦不知に比べては遜色だと気付くものはないが、当の竹は泰然自若と俗世に頓着の気色なし。

客は〝ききぎも〟の貸しロッカーに人生を放り込むとアルコールを口にしない。茶も飲まない。ここは真性のギャンブル場なのだ。賭け金、配当、胴など瑣末な式はない、全てを擲ち消尽し切るが至高、バタイユコードの賭場だ。ギャンブラーは己が消失する直前の祝い酒までは清潔な水道水を飲む。
しかし焼き鶏師、肉で炭を拵えながらのべつ葡萄酒を放さない。ロバノチンコ一九五九年など主にボールゴグネ地方特急焼畑、亥年ものを専門に十五分に一本の割で呑む。四分の三刻より先七本目からは真っ直ぐ立っていない炭師は藪睨みでゆっくりと炭化を待ち、その間炭に仕上がる肉は三種九本。一二本目は先付け前菜、畳が暖たまって後に肝の炭がトリをとる。 

つづく

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