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手塚治虫『空気の底』との出会い

命のグロテスクさを否定しないことで命を肯定した漫画

今、わたしはファームでボランティアするのと引き換えに無料で住まわせてもらえるWWOOFというサービスを利用している。今現在、いいホストに滞在させてもらって、衣食足りてすごく幸せだ。

が、少し前、オークランドのKロードという、マリファナの匂いが充満している通りの上のバックパッカーズで滞在した時、ただでさえ安心感のないうるさい場所だったのに、さらに東海村JCO臨界事故についてググってしまい、現実に起きた悲しみについて思いをいたす内に、精神的にかなり落ちてしまった。

しかしWWOOF先の広大で澄んだ環境と、そこで読んだこの漫画が、脳裏にチラつくグロテスクな現実を、スッと消化するのに大いに役立ってくれた。そこで、あまり知られてないこの漫画を、今回は簡単に解説しようと思う。

※以下の感想は、Amazon版の『空気の底』の感想です。
(手塚治虫作品あるあるとして、同名の作品で収録の作品が差し替えられたり、連載と単行本でエンディングが変わったり、ということがかなりあるのです。私の好きな『どろろ』もそうで、子供心に必死に解釈したものが、別エンディングがあると知ってかなり戸惑っています…。笑)

収録内容(Amazon版)

この作品は、読み切り漫画ばかりを収録したものです。
作品は以下の通り。

1.ジョーを訪ねた男
2.野郎と断崖
3.グランドメサの決闘
4.うろこが崎
5.夜の声
6.そこに穴があった
7.カメレオン
8.猫の血
9.わが谷は未知なりき
10.暗い窓の女
11.カタストロフ・イン・ザ・ダーク
12.電話
13.ロバンナよ
14.ふたりは空気の底に

ちなみに、Amazon版の表紙の絵は、この中の『ロバンナよ』という作品の世界観を表したものとなっています。

内容

ほぼバッドエンドです。

14作中、ハッピーエンドは1話か2話。あとのものは暗い終わり方をします。
怖いものもあります、といってホラーを求める人のための作品集という性格のものでもないんですね…。鉄腕アトムであろうと、この『空気の底』であろうと、あくまで、手塚氏のメッセージは一貫している、と感じました。(残念ながら手塚氏の全作品を制覇してはいないので現時点の感覚です)

手塚氏の天才たる所以は、人間のリアルを描きながらただの写実に留まらないところです。バッドエンドの中にも、生きる本能を呼び覚まされる。人が死ぬシーンを描きながら、読者には常に「生きろ」と言っている、そう感じます。この生命感こそ、他の漫画にはない、彼のポリシーだと思います。

作品ごとの感想

全体を通して言えることは、この作品集はほとんど暗喩表現だということ。
「こういうストーリーを通して何がいいたい」というのが明確に見えるということ。これができる所に手塚の圧倒的な「慣れ」を感じる。

さらにこの手塚のストーリー運びの上手さ(=失敗しなさ)は、手塚のデビュー作が意外にも4コマ漫画から始まっていることに起因している(『 マアチャンの日記帳』)。

1.ジョーを訪ねた男
人種差別ネタ。どこへ転がっていくのか。
読中考えさせられる。

2.野郎と断崖
大好きな作品。ハッピーエンドではないが、誰にでもある罪悪感との闘いが可視化されている。

3.グランドメサの決闘
子どもという生き物が持つひたむきさが感じられるラストだが、
広く母親という生き物がもつエゴイストな一面がなおさら浮かび上がる。

4.うろこが崎
オチが想像つくのにビクッとしてしまう…。
迷信を畏れる心をよく突いた作品です。

5.夜の声
この作品集で1、2を争うほど好きな作品。
仕事がバリバリできて、非の打ち所のない英一のたった一つの楽しみとは…
この目の付け所がたまりません。

6.そこに穴があった
最後のコマの恐ろしさと、医学部卒業の彼だからこそのリアル。
子どもであればトラウマである。

7.カメレオン
展開が読めなくてハラハラ。オチも面白い。

8.猫の血
手塚の描く女性はリアルな上に可愛らしい。
作中の女性のセリフが共感があるが言い方がしおらしすぎて胸熱。
男のエゴ、当時の世相がひたすら腹立たしい。

9.わが谷は未知なりき
その展開か。と息を呑んだ。
悲しいようでも、最後の描き方の美しさ。

10.暗い窓の女
9.からの並びというのがなんとも言えない。
手塚が破った性に関する数々のタブーのうちのひとつが見られる。
美しく、侵しがたいもののように描かれている。

11.カタストロフ・イン・ザ・ダーク
詞曲がもつ魔力の中で産まれ、中で死んでいく。

12.電話
カテゴリとしてはホラーだが、それよりは、主人公のバカさの描きかたがいとおしく、そこで読ませる。

13.ロバンナよ
やや強引な展開こみで「勢い」という魅力にしてしまう手塚の手腕が感じられる。誰が真実を言っているかは誰にもわからない。

14.ふたりは空気の底に
散文的な作品。ぜひ広く読まれて欲しい。
現代を描いているような「空気の底」ということばの意味。
とても共感したし、ここまで具体的に現代人の心象風景を描き出した手塚の千里眼に鳥肌だった。

Amazon版に未収録だが他の版に収録されていた作品

私は読んでいないが

嚢/バイパスの夜/処刑は3時におわった/一族参上/聖女懐妊/現地調査/蛸の足/ながい窖/おそすぎるアイツ/帰還者

の8編がAmazon版未収録である。

このうち
嚢/バイパスの夜/処刑は3時におわった/聖女懐妊
はAmazon版『時計仕掛けのりんご』、

処刑は3時におわった/聖女懐妊
は秋田文庫版『空気の底』、

処刑は3時におわった/おそすぎるアイツ/聖女懐妊/帰還者
は講談社版『空気の底』、

嚢/スパイスの夜
は朝日ソノラマ版『空気の底(上)』、

処刑は3時に終わった/一族参上/聖女懐妊/現地調査/蛸の足/ながい窖
は朝日ソノラマ版『空気の底(下)』

に収録されているようです。
朝日ソノラマ版はメルカリ等で探されてください。

圧倒的に手軽なのはAmazon版です。
Kindleセールで99円の時もあるし、普段から300円しません。
他の作品は古本屋でも見かけますし、
Kindleにはなくても他のサイトでeブックが出ているかもしれません。

収録作品のあらすじはこちらの公式ページで検索されると便利です。
https://tezukaosamu.net/jp/manga/

ちなみに『蛸の足』はなかなか怖いですよ。
最近出版されている版で収録が見送られているのも頷けます。

手塚治虫の膨大な仕事を総合的に見たいなら

手塚作品については根強いファンのブログ記事等も大変面白いです。
ニコニコ大百科の記事はとても楽しくわかりやすいのでおすすめです。https://dic.nicovideo.jp/a/%E6%89%8B%E5%A1%9A%E6%B2%BB%E8%99%AB

小学生の頃から60歳でなくなるまで、描いて描いて描き続けた人生。
にも関わらず、家族サービスと後輩指導を怠ることのなかった手塚。

『空気の底』はそんな彼が辛い時期に作った作品です。
彼の仕事30年以上を経ているにもかかわらず、
見事に現代を切り取っています。
あなたの知らない手塚ワールドを、今こそ紐解いてみませんか。
https://www.amazon.co.jp/%E7%A9%BA%E6%B0%97%E3%81%AE%E5%BA%95-%E6%89%8B%E5%A1%9A%E6%B2%BB%E8%99%AB-ebook/dp/B00JPXEQMQ

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