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私の読書の先生 (続き)

上の記事の最後で、久世光彦「逃げ水半次無用帖」について少しだけ触れました。
今回は、それを読んで思ったことについて書きます。

と、その前に、「一九三四年冬―乱歩」に出てくる一節をちょっと引用。

だいたい探偵小説というものは、発端だけなら誰にだって面白く書けるものだ。幕が開いたら矢継ぎ早の不思議不思議、それらの合間に金銀目眩しの紙吹雪さっと撒いて見せれば、たいていの客は胸ときめかせ、手に汗握ってくれる。そのあと縺れた糸をどう解きほぐし、目も絢な刺繍絵に仕上げてみせるかが作家の智恵、編みこんでいく白金の編み針こそ理論なのである。かといって、この理論さえあれば探偵小説になるかというと、そんなものでもない、むしろ、たとえば些細な思いつき、子供騙しの悪戯、本筋にほとんど関りのない饒舌、そんなどちらかといえば辻褄の合わない非論理的なものたちが混じり合い、絡まり合って、探偵小説という一つの奇体になる。探偵小説は奇体である。

久世光彦 著「一九三四年冬―乱歩」新潮文庫16頁

最初にこの部分を読んだ時、私は、自分が理想とする探偵小説の定義(要は自分の好みの探偵小説の系統)が端的に、しかも美しくまとめられていることにえらく感動してしまいました。
(乱歩の名作「孤島の鬼」とかまさにそう)

上記の一節が書かれた「一九三四年冬―乱歩」には、「梔子姫」という乱歩の筆致を模した作中作が登場します。これは、<理論&非論理の奇体>というよりも、耽美&官能の非論理一辺倒のザ・奇体なのですが、「逃げ水半次無用帖」は、<理論と非論理が混じり合ってできた奇体>的なミステリを目指して書かれたものなんじゃないかなと思っています。

とはいえ、そこまで理論がガッチガチしている訳でもないため、捕物帖として読んだらちょっと物足りないかもしれません。
実際、この小説は第120回の直木賞候補になったものの、理論(捕物帖)が甘くて、非論理(ムード)が存分に発揮されていないと多くの選考委員に批評されています。

私個人としては久世さんの小説の大ファンなので、理論部分も非論理部分もひっくるめて最初から最後までワックワクで楽しみました。
(美文、耽美、官能、幻惑、滑稽、虚無…と久世ワールドから連想するキーワードを並べた時、このいずれにも心惹かれる方であれば、わかって頂けると思います)

この評価の差はなんだろうと考えた時、そりゃ、玄人(選考委員)と素人(いち読者)の視点の違いだろうというのは当然のことながら、私自身がミステリに求めている理論と非論理の配分に偏りがあるということに思い至った訳です。

最低ラインの理論があって、強烈な非論理が全体を支配している超絶奇体。
そういうやつ、そういうやつが読みたいの!!

どちらかというと、非論理部分に幻惑されたくてミステリを読んでいる身としては、理論は二の次だったりします。
大きく破綻していなかったらいい。
そんな込み入ってなくてもいい。
(いわゆるオールドタイプの、黎明期の探偵小説にこの型が多いですね)

おそらく久世さんも理論よりも非論理を愛している方だったと思われるので、その配分が「理論<非論理」になってしまうのは自然なことだったのかもしれません。

エッセイだったかインタビューだったか忘れましたが、ミステリの執筆は骨が折れるので、「逃げ水半次無用帖」で終わりみたいなことを久世さん自身が語られているのを読んだ覚えがあります。
(出典を探し切れなかったので、見つかったら追記します)
理論と非論理を混ぜ合わせることは久世さんでも難しいんだな、と。

対して、演出ドラマについて言えば、久世ミステリは沢山あるんです。

『生きていた男』
(1984年/TBS/同名映画原作/脚本:森瑤子)
『花迷宮』
(1990年/CX/脚本:寺内小春)
『時間ですよ殺人事件』
(1990年/TBS/脚本:扇澤延男)
『世にも奇妙な物語・海亀のスープ』
(1991年/CX/原案:景山民夫/脚本:土屋斗紀雄)
『D坂殺人事件』
(1992年/CX/原作:江戸川乱歩/脚本:寺内小春)
…などなど。
もっとあるかも。
いずれも名作です。

理論は原作や脚本にあって、非論理のムードは演出で決まるとするなら、久世さんのミステリの非論理部分は超一流!と声を大にして言えます。
こういった雰囲気の久世ミステリ小説、もっともっと読みたかったです。
うう。

さて、最後に「逃げ水半次無用帖」の見どころやあらすじについてざっくり書いておきます。

物語は、七篇の独立した短篇で構成されています。

童子は嗤う
振袖狂女
三本指の男
お千代の千里眼
水中花
昨日消えた男
恋ひしくば

ところが、最後まで読むと、全てが一つにつながるという仕掛け。

各話の事件は、死人が出る回もありますが、殺人(他殺)は起こりません。(ややネタバレ、ゴメンナサイ)
日常のちょっとした異変というか事件が題材なので、<日常の謎>に近いかもしれません。
各話の事件の中心となる登場人物たちは、それぞれの思いを遂げるために何かの振りをしたり何かになりすましたり。
そうせずにはいられなかった情念や悲哀が動機であり、それがそのまま物語の陰影になっている、といった感じです。

色男の絵師、半次とその育ての親的存在の元御用聞きの佐助が中心となって、それぞれの心の闇を解き明かしていきます。
そんな半次を密かに慕っているのは、佐助の一人娘のお小夜。捜査中の事故で寝たきりとなった父に代わって御用聞きとなり、事件に関わります。
その他、半次と友達以上恋人未満のような関係のお駒という夜鷹、半次がことあるごとに会いに行く花幻尼という尼寺庵主、千里眼事件から半次たちと親しくなったクロベエという少年などなど、個性的な登場人物たちが絡み合って、独立した短篇が最後は一つの物語に収束していきます。
中でも強烈なのが、半次が幼い頃に死に別れた母、倭文重(しずえ)の存在。彼女の情念が、このミステリの奇体の主成分です。

各話の事件の中心人物たちが自分の姿を偽って己の闇を隠していたように、半次以下の主要登場人物たちも秘密を抱えています。
物語が進むにつれてその仮面が剥がれ、正体が明らかになっていく。
全ての因果関係が判明するラストは衝撃的ですが、相変わらず半次だけは<逃げ水>のように本心がわからず、つかみどころがないまま終幕。
消化不良な感じは少し残りますが、そういう曖昧な、優しくない感じも悪くないです。

長くなりましたが、最後に、読みながら私の頭の中で出来上がっていった妄想キャストを。
半次:沢田研二or小林薫
佐助:(考え中)
お小夜:(考え中)
花幻尼:加藤治子
お駒:田中裕子
倭文重:夏目雅子or篠ひろ子
「三本指の男」のキン:樹木希林

(ああ、久世ドラマキャストだ…)

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