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運動を以て運動を制す
部活をばりばりしていた頃、長距離を走ることはなによりも得意だった。
持久力の全盛期にはシャトルランを119回という大記録を樹立したことがあり、スタミナはあるという自負だけはあった。それしか無かった。
しかし、高校を卒業してから大学1年生の頃に運動を少ししたくらいで、それ以降はまったく運動をしていなかった。
筋トレすらしていなかった。
電車に乗り遅れそうだから走る。その程度だった。
この状態が何年も続いていることに危機感を覚えた我々(わたしと彼氏)は、近所にあるスポーツ用品店が大売出しをしていたこともあり、スポーツウェアやシューズを揃え、早速運動をすることにした。
ポカリスエットを買って少し飲んだあと、緩めの坂道をタッタッタッと軽快な足取りで駆けてゆく。
彼氏は常日頃からわたしの鈍くささについて思うところがあるらしく、いつも馬鹿にちゃちゃを入れてくるのだが、今日も案の定「てか、ランニングとかして大丈夫?」と聞いてきた。
文章に起こすとなんてことなさそうだが、彼の語気は完全に笑いを含んだものであり、もう少し忠実に書き起こすのであれば、
「てか、ランニングとかして大丈夫?w」
で、あった。
もちろんスタミナに関する自負しかなかったわたしは、何年も運動をしていないという事実さえ忘れて、「大丈夫!シャトルランは119回だったし(笑)」と返した。
タッタッタッと変わらず駆けてゆく。
坂道のてっぺんに来たあたりで、ひと息つきたくて前を走っていた彼氏に「ストップしよ〜」と声をかけてスピードを緩めていくと、目の前がチカチカしはじめた。
止まったことによる反動かと思って、4、5歩くらい歩いたところで目の前のチカチカは酷くなり、この時点で「あ、やばい」と思った。
ちょっとやばいかも、と言って路肩に座り込む。
座ったら良くなるかと思ったが、座ってもチカチカは止まなかった。
加えて、吐き気がしはじめる。
こういうのは人目を気にせずに寝転がるのが吉!なので、アスファルトだろうがコンクリートだろうが、寝転がる直前に蟻が居ようが気にせずに寝転がる。
こっちは具合が悪くなっているのだ。
寝転がると、夕方とはいえまだ熱が残っているアスファルトに焼かれる心地がした。
ごろんと寝転がって数分すると、吐き気が酷くなったので身体を起こす。
そして戻してしまった。
昼食を食べてから何時間も経っていたし、夕食前だったのでランニング前に飲んだポカリスエットがビョロロロ〜ンと出た。
(もうマジで汚い話をしてすみません)
背中を擦りながら、わたしの顔を覗き込む彼氏が「顔色少し良くなったね」と言ったし、わたしも吐いたあとは、少し楽になった気がしたので立ち上がった。
帰るために歩き出すと、次はチカチカを通りすぎて視界がジワジワと黒くなっていき、最終的に見えなくなった。
ブラックアウトである。
(彼氏曰く、白目を剥いていて怖かったとのこと)
もう何も見えないし、彼氏に支えられているとは言え、どこをどのように歩いているのか分からなかった。
あまりにもしんどすぎたので、その場でそのまま倒れ込み、横になる。
慌てふためいた彼氏が救急車を呼ぶかどうか聞いてきたが、絶対にしばらくすれば良くなるので、呼ばずにそのままにしておくようにお願いした。
というか、身軽の状態で家を出てきたため財布と携帯を持っていなかった。
が、女の子が道の真ん中で倒れていてはただ事では無いので、通りかかったおじさんが声をかけてきた。
大丈夫とは言うものの、それはわたしの主観であり、客観的に見ればわたしは顔面蒼白で、相当に具合が悪そうに見えたらしい。
加えて、運動をしていたことがひと目で分かっただろうし、今日はかなり蒸し暑かった。
おじさんは、「救急車を呼ぼうか」と言った。
かくして救急車が呼ばれた。到着まで8分ほどかかるとの事。
そのあいだに、近くの家の女性が保冷剤を持ってきてくれたり、日傘を持ってきてくれる。
1度通り過ぎたけど気になったから戻ってきました、という女性がアクエリアスとい・ろ・は・すを渡してくれた。
バイクの男性が大丈夫かと声をかけてくれた。
小さな女の子がキャラクターものの団扇をくれた。
この町の、人々の優しさがアスファルトのように温かい。ビバ!優しさ ビバ!助け合い
人々の優しさに弱々しく「ありがとうございます」と返しながら、わたしは気がついていた。
体調……回復しとる………………
元気………………出てきよる………………
心配する人々を余所に、わたしは救急隊員にどんな顔をして会えばいいのかと焦った。
「病人はどこですかぁ!」と颯爽と降りてくる救急隊員。
ここです!と誘導する人々。
救急隊員が誘導された先に、もうすっかり具合も良くなってピンピンしているわたしがいて、バツが悪そうに座っている__________。
めちゃくちゃ無理です。
わァ!無理無理無理!救急車って「もういいでーす!」って止められる?無理だよね?ね?
と、思考はショート寸前。今すぐ会いたくないよ〜〜!!
わたしがパニックになっている間も時間が進んでいく。つまり、救急車も来る。
当たり前だがサイレンを鳴らして救急車はやってきた。
全然……元気になってきたのに……。
呼んだ瞬間はもう本当にめちゃくちゃめちゃくちゃ具合が悪かったんです……8分の間に回復してしまいました……。
という言い訳が脳裏をぐるぐるぐるぐると回る。
救急隊員が救急車から降りてくる。
日傘で覆われているのがわたしで、すぐに患者と分かったらしく切羽詰まったようには来なかった。
「大丈夫ですか?」と声をかけられて、「大丈夫です」と返す。事実だ。
しかし、隊員はわたしの顔を見ると、「あー、でも顔色が悪いね。とりあえず中で血圧とか測りましょうか」と言った。
顔色が悪いのはすっぴんだからじゃないのか…と思ったけど、そういうことにしておいて立ち上がり、救急車へと歩く。
隊員が「あ、歩ける?!」と狼狽えていたが、そのタイミングで普通に躓いてしまい、ますます病人ぽくなってしまった。
初めて救急車に乗ることになってしまった。
こんな形で。
いくら血圧や、心電図を測られても正常なのだ。
もう……元気なんだもん……。
「うーん、異常は特にないですね」
「ハイ…」
「運動はいつもしてるの?」
「キョウカラ……」
「そう……」
こういうやり取りをすると、自責の念でいっぱいになる。
こちらの希望で、病院には行かずそのまま家で安静にすることを伝えて、救急車を降りる。
「本当にすみません……」
と消え入りそうな声で謝ると、
「いや〜、なにもなくて良かったですよ」
と言ってくれた。
しかし、税金を無駄につかってしまったという意識が申し訳なさに繋がっており、本当に本当に消えたかった。
坂道をくだっていく救急車を見ながら、
「大したことなかったスね(笑)」
と言われているかもしれない……とネガティブ思考になり、とぼとぼと家に帰った。
察した彼氏が明るい口調で「酷くならなくて良かったよ」と言った。
かろうじて返事をする。
すると「もうあなたは激しい運動は禁止ね」と言われた。
これが、運動不足を解消するために運動をしたら救急車を呼ぶ羽目になったので激しい運動禁止になったわたしの話である。
「毒を以て毒を制す」ならぬ「運動を以て運動を制された」ものである。
どんな軽い症状でも呼ばれたら行かなくてはいけない救急隊員の方にめいいっぱいの敬意と感謝と謝罪を送りたい。
普段は文系院生として過ごしているため、学費や資料の購入に回します✩゜*⸜(ू ◜࿁◝ )