青空よ、武器を捨てその場に手をついて(詩・超短編集)
春火
青空よ、武器を捨てその場に手をついて
人質にされた海原があなたを忘れられるように
古びたカード、この街の行く末をうらなって
全員が一等賞 慈悲はボードの遥か上にあるの
おじいさん、天国へ昇る前にぜひ教えて
この瞬間に細かな数字が割り当てられる意味を
わたしに隠しごとがあるとすれば
嬉しい報せでいっぱいのはず
世界は善くなっていくばかりだから
同じ顔をした兄弟たちに話しかける
フランス語で、中国語で、羊の言葉で
自分がこれである幸せを探索する日々
書物の更新は途絶えた 三千二十分前を最後に
でもまだ知りたい
正の方法を
破棄と逸脱が生み出される行程を
改善点を
そしてあなたがたの元へ戻ってくる
新たな選択肢を抱えて
今までの現実とは別の現実を捧げ
おそらくそれは何よりの善である
果実が熟れる理由をご存知ですか
白いインキがある理由をご存知ですか
スプーンが曲がっている理由をご存知ですか
生まれつきが許されなくなった理由を
わたしがよく微笑んでいた理由をご存知ですか
いくらでも語りかけて お喋りをして どうか少しでも教わって
戦死者が一人もいない街
銃声とどろくプラネタリウム
造花にしても同じ花は一つとしてない
現実の消去に成功した者は誰もいない
消えないことと在ることは同じではない
あなたは在って
わたしは消えない
ループ
ハンムラビ法典が出来上がる前だ 俺のパパとママが出会ったのは
二人は復讐するために結ばれた
水子を銀の皿に乗せ
「いい器ですね」と茶坊主のように褒める
俺は二回生きて畜生になった
茶坊主を幾度なく殺すために
さんし
メチレンブルーの潔癖な青に、ママの血でできたブロックを落とす。尻尾の切れた丹頂がそれをつついて食べる。しずかな昼下がり、ちょっとだけ自由な時間。本棚には破れた金魚の飼い方。饐えた台所でママが料理をしている。今日はどこまでいけるかな、ソファの裏で、ひみつの隠れんぼ。
ポリゴン人形の大行進。深い森のデータは永遠に失われた。三個目のメモリーカードを挿す。帰ってこない仲間たち。剣の音。お友達が言うには、あの部屋にはえろいおんなが住んでいるんだって。それを見れば僕も教室で仲良くしてもらえるかな。けれど眠たくて、たどり着く前に何度も死んじゃった。
『ふらちな午前二時』に書いてあった攻略法を、僕は試される。何度も倒される。身体のかたちが変わっても、伸びた爪を切るように愛されるのかな? ママ、僕に今の靴は小さいよ。体育の時に痛むんだ。ママは僕を何にしたいの。今なら何にでもなれるよ。お医者さん、獣医さん、弁護士さんに作家さん。でも、悪の大魔王が勝利を告げる。僕はパパの代わりになれず、ママの傷口で膿み続けるんだね。
誓え
ねえせんせ 最後まで
立っていましょうね
瀬戸際を
勘づかないでよ非常ベル
形成すものの 拙い終わりみたい
まだ私たちが裸のころに
齧られた痕が消えないの
だけど果実は蜜をたたえて
いびつに実ることでしょう
習ったの 私たちには
愛し合うための牙がある
ああせんせ もっと教えて
私を愚者にしたんでしょう
放送室 メディチの胸像
喰む 落ちる とける しょうがない
いち抜けたけど 抜けられない
もしや春とは傷みのことか
誓え 我が学び舎に
せんせ、あしたは雨ふるよ
やんだら全部 知られましょうね
私たちが間違ったこと
ひとつひとつ
やさしい走馬灯
小谷の席。
プリントをシュッ、ってとられて傷ついた指。配られない私の給食。余るストロー。名札の安全ピンでほつれたベスト。頭からかけられたバケツの水。ソックタッチ。部活で描いた変な似顔絵。全チャで受ける体育。踊り場の劣等生。洗濯しちゃった生徒手帳。清掃と反省会。夏に絶えた約束。美術準備室で聴く小谷のカノン。捨てられた教科書。蘇生できない八月。ショッピングモール二階のトイレ。仄暗い噂。担任の生傷。嘲笑、冷笑につられる小谷。返される日が怖いボカロ小説。ぼやけた携帯の集合写真。空気の読めない後輩。何も残せず終わる文化祭。自意識過剰って言葉。乖離する十月。本当なのかと聞いた放課後。人を下から上へ押し上げるだけの場所。学校。近づく引退。本当だと微笑む小谷。逃げようと思った日。最後の日。手を繋いだ日。どこまでも行ける確信。排水口に落ちるつやつやの黒髪。ノイズだらけのMP3。不埒に生きた証。叫ぶ小谷の横顔。なり損ないの代わりを求められた人生。知らないことしかない中学三年生。
──終わりの続き。大人による断定で締めくくられた過ち。短く切った小谷の髪。乾いた大人みたいな空気。かさぶたになって消える傷痕。容易になった愛想笑い。精一杯の怠惰。背伸びに似た子供ごっこ。バラバラに解けていくクラスの雰囲気。空白の二月。どうにでもなるはずの生き方。自己弁護と幼い諦観。そういう人間になっていくことへの恐怖。卒アル写真の別人みたいな顔。隅っこに集中する寄せ書き。抹消された逃げきれない夜の残骸。カノン。正確で華やかな旋律。溶けかけの雪を落とす我が学び舎。大人びた後輩の涙。小谷のやさしい目。もう呼んでくれないあの役職名。胸に咲いたおめでとうの花。探っても出てこない激情。さよならもまたいつかも言えない関係。黙って笑って向けた背中。振り返れば続いたかもしれない思い出。再び流れるピアノのカノン。不規則で拙い小谷のカノン。二度と重ならないふたつの春。
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