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青い耳鳴り

 耳鳴りはスタッカートでもついてるみたいに頭の中心を刺してくるから、心持ち頭を垂れた。
そうすれば止まるかと思ったけど、すぐに気づいた。
これは良い耳鳴りだって。

 視覚が聴覚を肩代わりしてくれたなら、いくつもの雄大な景色が広がっていたんだろう。
遠い国のどこか。山並みを撫でながら、早回しで流れる雲。
空は両腕を広げて、雲のゆくままに小脇を空ける。
別に期待してたってわけじゃない星空が透けて見えて、私が勝手に心地よくなる。
空って、ずるい。
これ見よがしじゃなく、聞えよがしじゃなく、綺麗なものを見せるからずるい。
勝手に街を見下ろして、そこに天があると見せかけるからずるい。
信じられるものなんてないのに、いかにもそれがあるように容赦なく広がるからずるい。
耳鳴りは雲間を覗けばまだ鳴っている。
 
 空が見下ろす街並みは、速き早き捷し。
タクシーの走行音も、スマホを弄る指も、雑踏も、間断なく都会の窓ガラスがまねっこする。
見渡せる街並みのなかで一番強いのは信号だった。赤くて青い信号機の中の人――調べて出てきた名前はアンペルマン。
もしギュッと抱きしめられる誰かを選ぶとなれば、アンペルマンがいい。
彼が青いところと赤いところを、同時に見られたらなんて思う。
でもそれが出来ないことが分かってるから、生きづらい。
忙しない流動に目を奪われて、聴くのを忘れていた。
耳鳴りは他の音楽に紛れながら、それでもまだまだ鳴っている。

 全部、流れのせいにしようと思った。
そう思い至った瞬間、バスドラム染みた動悸が鳴って耳鳴りを隠す。
他のいくつもの人が、街が、風景が流れてるから、流れるのを続けなくちゃならない。
続けてきたってだけで、続けなくちゃならない。
続けさせられたのは流れのせいだ。
続くことを祈らない人たちが、それでも祈り続けてる。
どれもこれも、流れのせいだ。
だから私はとりあえず、動悸の合間を縫って響く耳鳴りを探す。

 いずれにしたって、今この瞬間の信号は、青かった。
青が赤になったところで耳鳴りが続いてしまうことを分かっていても、今はとにかく青だった。
今度は耳に目の肩代わりをしてもらおう。
だから広がれ空。広がれよ、もっと空。
流れ続けることが許されるくらいには。

 

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