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【短編小説】ゆめをみない。

ガラス瓶の中で揺れる、飲みかけのアルコールを支えにしている。怠惰な生活の鱗片を象徴するような水面の揺らぎ。それをひとり煽るのが慰めだった。
こうなるはずじゃなかった、と思う。こうなるはずじゃなかったから、こうなった自分なんてもう、どうでもいい。こうなった自分の行先に何があってもそれは仕方ないことだという気がする。
日々の小さな慰めを頼りにして、このつまらない自分に湧き起こる感情は(恋でも欲求でも)何でもいいから大切にした。身を滅ぼすならそれも全部、こうなるはずじゃなかった世界のせいだ。こうなるはずじゃなくて、もっと華々しく、スーツの似合う大人になってるはずだった。何を着ても草臥れたように見える、目の下のクマが消えない、よれたシャツばかり鏡で確認するようなはずではなかった。
都会で華々しくスタートを切った友人の後ろ姿が眩しくてどこか息苦しいから、そんな未来なんて自分にはなかったのだと思いたかった。どのみちこうなっていたのだ。最初の間違いはどうしようもない形で押し寄せてきて、あれもこれも、2年も外に出られなかった世界のせいに違いなかった。

精神を病みたい。手を差し伸べて自分だけを見てくれる体温がほしい。眠れない夜に通話できる誰かが。救いのない繰り返しの日々にくたびれていく精神を回復させる存在が。抱きしめたら必ず愛を返してくれる安心安全な誰かが。


抜け出せない。この間違った場所から抜け出す現実的な道が見当たらない。周りが自分を置いて上手く生きているあいだ、眠れなくて、誰も表面的な自分にしか興味がなくて、明日に期待できないで、ここで揺らぐ水面に救いを求めて誤魔化して生きている。


泥のなかでもいい。一緒に眠ってくれる誰か、ささくれだった心を癒してくれる誰か、手を伸ばしても届かない何かじゃなくて。

この荒れた心をとかして、抱きしめてくれる安全地帯がほしい。


どこまで堕ちても守ってくれる、心の闇を知っていてくれる、優しさの中で漂って深く眠りたい。泥のなかで、手を取り合える人がいたらもうそれでいいってことにしたんだ。

こんなの、笑い話にしなきゃ酒の肴にもならないのに。泥んなかでもがく日々の一瞬の息抜きにも、こうやってまた抜け出せない泥の香りが付き纏う。




お前らはお前らで上手くやればいい。
でも上手くいったお前らに、こんな俺の気持ちがわかってたまるかよ。







2023/7/11 12:28 大体は出来ました。
一部(言い回しなど)加筆修正中
16:57 一応出来ました、これ以降はほぼ変わらないと思います。


最後まで読んでくださりありがとうございます。読んでくださったあなたの夜を掬う、言葉や音楽が、この世界のどこかにありますように。明日に明るい色があることを願います。どうか、良い一日を。