#1.暗黙
簡単には、変われない。だから、私は手軽な言葉から始めた。
執念が雷を呼び、目を覚ます前に彼等、彼女等は行動した。こころの探り合いをもとに、、"
───
西の方にある、工場《こうば》として栄えた下町。
古くは、単なる名のない田んぼだらけだった場所。
そこに利益になりそうな事だけには、知恵を搾る者達が集まり出来た地域。
感情よりも利益。利益の為の人情。
人情とは、都合の良い表現であって、
とどのつまり、人情とは...ヤクザ。...のような。
────
──
5月に入り、関西地方全域では、週明けの7日から昨日の夜まで大雨注意報が流されていた。
当初は、17日頃まで鬱陶しい天候は続くとの予報であったのだが、14日の早朝には、乾いた空気が流れ心地よい晴れ日和になっていた。
その天気予報が外れたおかげで、雨音が消えて、口うるさいと言われる関西の街と町中に賑やかな声が響いていた。
そんな町にも詩人のような者は存在する。
どんよりと湿った嫌な空気は、きっと西から東へと向かったのだろう。。
大きな山、富士山の元へ。
しかし、例え穏やかなものに目を向けようとしても、それを一瞬で奪い去る事は、割と容易いのだ、、、
朝8時を回る前、尼崎にある工場地帯の1つから、怒声が飛び交っていた。
その工場の名前は"村田運送"と言い、作業員の七割は派遣社員で、主に仕分けがメインの小さい下請け会社である。
その工場で、置きっぱなしだった荷物を勝ってに開けたと、
言いがかりを付けられた一人の作業員が腹を立て、他の作業員 数人相手に喧嘩腰で怒鳴っていた。
又、それを周り数人が止めに入った為に混乱した状況に拍車がかかってしまった。
A「お前が言い出したんだろぉ!」
B「うるせぇ! お前が疑われるような行動したからやろ」
A「おい? じゃあ、どんな風にや? 見たんやろう? 説明せいや!
その状況、疑われる行動ってなんや? ええ?
....はよ説明せいや!」
作業員aは、少し間のあと、作業員bの胸元を両手で勢いよく押した。その反動でbは、当然バランスを崩し、駆け足になる踵で、1・2、4歩目で尻もちを着いた。
C「おい!? やめろって! ...やめろぉ!」
その光景に軽く何度も止めに入っていた作業員は、今度は大きな声を上げ2人の間に入り体を振った。
こんなやり取りが30分以上続き、
ようやく落ち着いたのは近くの学校の最初のチャイムが鳴った時だった。
その為に作業開始時間が10分ほど遅れ、
朝礼が軽い挨拶で済まされると、
作業員等はさっさと各自の持ち場に移動し始めた。
その内の一人の男性作業員が既に持ち場に付いて、
作業の準備に取り掛かろうとする男を見つけると近寄って行って声を掛ける。
「なあ..なんでお前、止めに入らんかった?」
「えっ? いやぁ、だって..邪魔でしょ? 周りが止めに入ってたし..」
「近くにいたんだからさ..止めろよ? ..なあ?」
「..」
「しっかりしろ..いい加減..見てるだけか? いつも?」
そう言われて黙ったのは、"佐久間 政夫"
彼は悔しかった。
そう言ったヤマダも止めにも入らず、
ただ後ろの方で理屈をこねて偉そぶっているだけだったからだ。
そうやって常にお山の大将面するヤマダが佐久間には、悦に入った卑怯者にしか見えなかった。
それにヤマダは、佐久間の事をよく思っていなかった。
理由は、先輩である自分より、もの覚えがいいからだ。それによって自分の立場がないのでは..と思い込んでいる為に佐久間には、ものを教える際に最初に説明すればいい事をわざと話さず、順序を逆にして教えていた。
こうして教えられる佐久間は、なかなか上手くいかずに手元をマゴマゴさせているところに先輩のヤマダが眉間にシワを寄せて近寄って..
「なんや? まだ出来のか。覚える気..ある?」
教える側の力量、又は、性格によっては、例え簡単な作業でも難しく感じるのだ。特に工場では、こういったタイプの人間が多い。
それは、様々な職場経験が無い為である。1つ工場しか知らない者は、その場での経験値により、自分は出来る人間であると思い込む。それは事実であるし否定は出来ない。厳しい労働作業をこなし、身に付けた経験は本物だ。
しかし、それと裏腹にその場に、いこごちの良さを感じその立場に満足する者も実に多い。
それにより、自身の新人であった時の気持ちも忘れてしまい、あとから次々入って来る新顔や派遣社員に対し、その者が気に入らなければ厳しく接したり、いい加減な対応をして辞めさせる方向へと持って行く。当の本人は、それに気付いていない事も多い。
こうして古い工場は、自分達が気付かない、普通の体質が出来上がるのだ。
佐久間もその体質の所為で苦しんだ1人でもある。最初こそヤマダに取って佐久間は、派遣会社から来たハキハキした明るい新人で、もの覚えも良く有能な新人と親しく接していた。
が、工場にやって来て2週間ほど経った作業中、佐久間が工具を不思議そうに見ていたので、
「ボルトなんか見て、どうしたん?」
とヤマダが佐久間に尋ねた。
「こんな大きなボルトもあるんですね?」
と佐久間が返すと
「え? まさか工場の仕事..初めて?」
「はい」
この一見普通の返答がヤマダの佐久間に対する印象を大きく変えてしまった。
昼休憩を終えた佐久間は、既にヤマダの態度がさっきまでとは違う事に気付き戸惑う中、分かり辛い説明を受けながら返事し、何度も注意を受けた。
長くいる者に取って、入って来る新顔は、場合によって
自分の立場を奪おうとする者として見るのだ。
作業は効率的であれば利益が増す。
只、人が関わる以上、こういった駆け引きが存在する為に簡単に効率的な過程を生むのは、しばし後回しにされてしまう。
朝から また気が滅入る事に出会し、自然の佐久間の鼻から ため息を漏れた その時。彼の耳元に言葉が入って来た。
「アイツ..使えねぇわ」
..と数人の作業員に話すヤマダの言葉が。
この瞬間 "佐久間 政夫"は、自身の一瞬の感情を見逃さず、自分の表情が変わる前に その作業員等に背を向けたあと
「お前ら全員、殺してやる」
と呟いてから軽い舌打ちをした。
──
午前10時を回り、佐久間は、休憩所のソファーに横になって携帯電話を弄っていた。
その休憩所には、既に一人の長い髪を後ろに束ねる年配の男性作業員が居て、
「..ちっ、下らんな? こんなことで、人殺してるんやったら、この辺なんか殺人だらけやで?
ほんま...最近は、どうかしてる奴が多いわ?
ええ? ...ワシらなんか、どないやねん?
殺した奴らだらけやで..ほんま、なぁー?
給料安いわ、女おらんわ、おまけに借金あるわ。
出来たら、この辺の奴らを何人か殺して欲しいわ?
ほんま...はははは」
休憩所に置かれたテレビのワイドショーを見ながら一人で盛り上がり、くわえていたタバコを目の前のタンの吐かれた灰皿で練り消すと、男はそのまま出ていった。
佐久間は、その長い髪を後ろに束ねた男性作業員をシラケたように眺めたあと、携帯に目を戻し、
総合情報・書き込みサイト"YABU-RA"にログインして、
適当にその中から、
目についた《ムカつく》スペース を見つけて、
"次は、お前だからな? 覚悟しとけよ?"
と書き込んだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?