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オオカミ村其の三十四

「紫玉の姿と縮れ山の老人」

「さあ、逃げるんだ」と、ボジは、オオカミ村のみんなや、北の国の人々と一緒に崩れた岩のかたまりの下にむかっておりていきました。あちこちに裂け目が出来て、落っこちそうになってしまいそうです。
 
 「しっかり、ふんばって」と、ボジは、よろけるみんなの間をとびまわりました。「あっ」と小さく叫んでリンが、足をすべらして裂け目に落ちてしまいました。「リン!」とボジが必死で追いかけましたが間に合いません。そのとき、下の方から、大きな地鳴りが聞こえてきました。どうどうという音といっしょに、現れたのは、トドゥの群れでした。「ボジ!」とリンの声がきこえました。リンはトドゥの親方の背中に乗っかっていました。「さ、みんな滑ってくるんだ」とトドゥたちは、オオカミや村人を背中の上にのせていきました。
 「さて、もう一人のこっている一等さんも早く」と、親方は言いました。「ぼくは、青龍さまのところへ戻るから、早くみんなを下界へ」と、ボジはトドゥの親方にいいました。親方は「お前さん、帰れなくなるぞ」と、心配そうに言いました。「大丈夫さ、ぼくは岩場になれているんだ。みんなをたのむよ」と、ボジはもどろうとしました。

 「待って、ボジ私たちも行くわ」と、女の子の声がしました。振り向くとトドゥの背中から、瑠璃と二匹のオオカミが飛び降りてきました。「私はあの女の人に会わなければならないの」と、瑠璃はいいました。「瑠璃、お前は・・」と、ナルミがいいました。「私のお父様、かならず戻ってきます。お母様のためにも」と、瑠璃は弱ったナルミにほおずりして、涙をこぼしました。きっと前を向いて「ボジさん、ランとバラも一緒にさあ」と、かけだしました。ナルミの涙がこぼれました。ボジは「ありがとう、今は急がなければ」と、瑠璃と一緒に崩れさる幻の王国に向かって駆け出しました。

 ボジは、再び紫玉のいるところへ駆けもどってきました。ちぢれ山にすんでいる老人はじっと同じ場所にいました。「あたりがかすんで見えないわ」と、瑠璃とランとバラが追いつきました。ボジは、霞の中に紫玉の姿を見つけました。「紫玉、青龍さまの玉を返すんだ」と、呼びかけました。

 「なんてこと、この赤毛のオオカミが戻って来たじゃないの」と、紫玉は、ボジを睨みつけました。「うわっ!」と、ボジは叫びました。霰が降り注いで、ボジは転がってしまいました。「ほう、このオオカミは、珍しいやつじゃ。わしとそなたとの間に入ることができるとは。しかも、平気でむかっておる」と、ちぢれれ山の老人がいいました。「お前の名前は、紫玉といっておった。はるか昔にそちに、よく似た仙女がおったが」「この霞が、お前の目を曇らせているのさ。私の名前を聞いたことがあるとは、思えぬ」と、紫玉はじりじりとちぢれ山の老人にに近づいていきました。

 「ほう、この霞の中でも、お前さんは、動けるとは、たいしたものじゃ」「はやく、そこをどかぬと容赦はせぬ」と、紫玉はつららの針を浴びせかけました。ちぢれ山の老人はふわりと、浮かんでそれをかわしました。「荒々しい仙女の落ちぶれた姿は、哀れじゃ」と、一言いうとちぢれ山の老人は、霞を取り払いました。「そなたの後ろに隠れている者が、玉をもっておるのは、わかっておる。このオオカミに返してやりなさい」。

 「ばかなことを!この玉を持っておれば閻魔であろうがたちうちできぬ」と、紫玉は叫びました。その言葉で後ろに隠れていた老人が、玉を持って逃げ去ろうとしました。「お前は、何をするのじゃ!」と、紫玉は老人に火の玉をぶつけました。燃える老人は手から玉を落とし、それを紫玉が拾いました。「さて、この玉にはたらいてもらいましょう」と、紫玉は玉を掲げました。ちぢれ山の老人はすっと指を差し出しました。すると、玉は紫玉から離れて、ボジのところに落ちました。「紫玉よ、諦めよ」と、老人は言いました。「お前は、本当に邪魔をする」と、紫玉は恐ろしい顔になって睨みつけました。

 ボジは、霰に打たれてまだ動けません。瑠璃が駆け寄って玉を抱えました。「おやおや、こんなところで、まだ生きていたとは」と、紫玉は瑠璃を睨みつけました。「あなたのことを、思い出しました。あなたが、北の王国を壊してしまったことを」と瑠璃が言った時です、紫玉は火の玉を投げつけました。ランとバラが瑠璃の前に立ちはだかりました。「あら、白オオカミまでおでましとは、ちょうど良いじゃないの」と、紫玉は飛びかかっていきました。

 瑠璃の首飾りが光って、玉とくっつきました。「ほう、そなたがその玉をもつしかるべき者とおみうけしました。ならば、ここからはやく青龍に返しに行きなさい」と、縮れ山の老人は言いました。瑠璃たちは「ボジが」と、言いました。「なに、ボジのことは、わたしにまかせなされ。さ、はよう」「ありがとうございます。見知らぬお方」と、瑠璃たちは急いで青龍さまのもとへと、走りました。
 「お前ののどを、かっ切ってやる」と、紫玉はちぢれ山の老人につかみかかろうとしました。「それ以上荒ぶれば、おぬしのからだがもたぬであろうに」と、縮れ山の老人は言いました。紫玉は、みるみる顔色を変えて、うなり出しました。それは、それは、恐ろしい声でした。「役立たずのオオカミ!」と叫ぶと、ボジにかみつこうとした姿は、人の姿ではありませんでした。

 紫玉はいくつもの大きな尻尾と、大きな身体のおそろしい大きな狐の姿に変わりました。ボジは、食いつかれて、ぶんと投げ飛ばされました。「そのような姿に身をうばわれたのであったか」と、ちぢれ山の老人は九つに分かれた尻尾の大狐から身をひるがえして、ボジを抱えました。「紫玉さま」と、うめいている付き人に狐はかみついてたべてしみました。「あわれな聖であったことよ。寺での行もこの化け物には、通じなかったようじゃ」と、目を伏せました。「ここは、お前ひとり残るが良い。幻の王国はもはや崩れた」と、縮れ山の老人はボジを連れて空中に舞い上がりました。ぐおおおおと、恐ろしいおたけびをあげて大狐も舞い上がってきました。するりとかわして、ちぢれ山の老人は軽やかに雲の間へと飛び立ちました。恐ろしいうなり声が遠ざかってゆきました。

©松井智惠        2023年6月18日改訂  2015年10月20日初出

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