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いれもの

ぼくのおもしろくもなく
さしあたって何の価値もない精神について、
これをぼくは
自分のものだとは考えていない。
じゃあ誰のものなんだろう。
わからない。
わからないからここまで生きることができた。

幼い頃、認識の束、
波打つ光の粒たちは
ぼくの認識に重大な誤解を招いた。
なんてうつくしいんだ!
ぼくの精霊はやさしく語りかける。
「あなたが為したいように、すべて為しなさい」
ぼくがもらった愛情、
めぐり合った雪の結晶、
鼻から直接、海馬を刺激するようなにおい、
言葉、既に精神と同化していると
錯覚させるほど精緻な、
これまで出会ってきた人が語ったすべてーー
種子はぼくの中で芽を出し
いまや緑溢れる草原を成している。
ぼくが使う言葉、あまりに拙く、
低俗で無益で、すべからず不足している。
ぼくはまだ一度も、ぼく自身の言葉を
使ったことがない!

ぼくはたくさんのいのちを
無自覚で奪い続けてきたことについて
贖罪を必要とした。
でも、ぼくの身体は奪ったいきものたちで
できていたのだった。
ぼくはどうすればいい、
人はどうやって2本の足で立っているのか、
それだけを教えて欲しい。

「いちはやく転覆したものが勝利!」
人を殺すことがどんな理念をあらわすのか。
ぼくはそんなことより時間か場所か
死そのものか、あるいは
生きるよろこびのようなものとしてありたい。
ぼくは通過される。
あるいは注がれ、すぐさま空にされる。
それだけが希望。

個体であることを強いるどんな運命も
意味をなさないで欲しかった。
だがぼくはすべてに感謝している。
それほどにこの誤解は
つよい光を帯びていた。

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