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脳震盪について

先日、NY Yankeesの田中将大選手がバッティング練習のピッチャーをしていた際、バッターの打球が頭部に直撃するという ニュースがありました。報道によると、幸いにも大事には至らず退院されたそうです。診断は『脳震盪』ということで退院後は、要経過観察でプロトコールに沿って復帰を目指すということです。今回は、「脳震盪とは何なのか?」「どう評価をすればいいのか?」「復帰までのプロトコールは?」という疑問にNATA-BOC公認ATCとしての知識でお答えしたいと思います。

引用: (https://www.cbssports.com/fantasy/baseball/news/yankees-masahiro-tanaka-diagnosed-with-mild-concussion/)

脳震盪とは?
脳震盪とは、外傷性脳損傷とも呼ばれ、頭部への直接的な衝撃、または鞭打ちのような状態が脳を振動させることにより起こる脳の機能障害です。接触の機会が多いラグビーやアメリカンフットボールの現場に多いとされていますが、田中選手のケースのように球技や体操、フィギュアスケートなどなど、様々なスポーツで起こりえる怪我です。脳震盪は、初期対応を誤ると一次的にも、二次的にも命を危険に晒すことになってしまったり、不治の脳神経障害を患うケースや重篤な問題に発展する可能性もあります。今日は、アスレチックトレーナーのみならず、現場で応急処置に関わる全てのトレーナー、看護師、医師の方達がスポーツ現場で最低限知っておくべき脳震盪についての基礎知識、評価方法、RTP(復帰)までのプロトコールをアメリカのNational Athletic Trainers' Association(NATA)のPosition StatementとSCAT5に基づいて解説したいと思います。

NATA Concussion Position Statement: https://www.nata.org/sites/default/files/concussion_management_position_statement.pdf

SCAT5: https://bjsm.bmj.com/content/bjsports/early/2017/04/26/bjsports-2017-097506SCAT5.full.pdf

日本語版: https://www.jfa.jp/football_family/pdf/medical/b08_02.pdf

〜評価項目〜

SCAT5をもとに以下の9項目を総合的に評価します。
1. 既往歴(過去の脳震盪)
2. 脳震盪に関連した持病
3. 家族の既往歴や持病
4. 現在の脳震盪の症状
5. 意識レベル:精神状態
6. 目:脳神経の機能
7. 筋力
8. 運動神経
9. 認識能力

〜評価方法 : On-Field〜

ステップ0 : 受傷メカニズムの認識 
頭部への接触や激しい首の動きなど受傷の瞬間をキャッチできるよう、脳震盪が発症しやすい受傷メカニズムを把握しておくこと。
ステップ1: RED FLAGS
以下の症状が確認された場合は、救急搬送が必要とみなされます。
- ABCが確認できない: Airways(気道)Breathing(呼吸)Circulation(血循環)
- 首痛
- 視界がぼやけたり二重に見える
- 手足の脱力やジンジン感 / 灼熱感
- 重度の頭痛と重症化
- 痙攣、引きつけ、てんかん
- 意識消失及び意識障害
- 吐き気
- 極度の動揺、不安、興奮

ステップ2 : 見てわかる所見
以下のようなことが見られたら、 脳振盪の可能性があります。
- 競技場の地面や床の上で、倒れて動かない
- 直接的または間接的な頭部への衝撃のあと、すぐに起き上がれない
- 見当違いをする、混乱している、質問に正しく答えられない
- ぼうっとしている、うつろな様子、放心状態
- バランスが悪い,歩行困難、協調障害、よろめく、動作が 鈍く、重い
- 頭部外傷時の顔面損傷

ステップ3: 記憶のチェック
前方視的記憶のチェック: 発症前(過去の記憶)
- 「自分の名前は?」「年齢は?」「受傷時のプレーは覚えていますか?」「今は前半ですか、 後半ですか?」「得点は?」
後方視的記憶のチェック: 発症後の記憶
- 今から言う数字を覚えて復唱してください。
例)「1、3、6」「3、5、2、8」

ステップ4: Glasgow Coma Scale
目と口頭を4段階で、運動を6段階で意識レベルを評価します。

目の反応: Vision
1. 目が開いていない
2. 痛みに反応して目が開いている
3. 第三者の声かけに反応して目が開いている
4. 正常
口頭の反応 : Verbal
1. 口頭の反応がない
2. 痛みに対して口頭の反応がある
3. 第三者の声かけに対して口頭の反応がある
4. 正常
運動の反応 : Motor
1. 運動の反応がない
2. 痛みに対しての極度の伸展
3. 痛みに対しての極度の屈曲
4. 鎮痛のために反応(例: 痛みのある箇所を押さえる、抱える)
5. 局所的な痛み
6. 指示に対して正常に運動できる

ステップ5: 頸椎の評価
1. 安静時に首に痛みがるか?Y/N
2. 痛みなく自動的可動域(AROM)はあるか?Y/N
3. 上肢下肢に脱力感(力が入らない)痺れなどの神経症状が無く、正常か?Y/N

ステップ6: 目、脳神経の評価
- スムーズな目の動きがあるか?(脳神経 III, IV, VI)
- 眼振の有無 (VIII)
- 瞳孔の対光反射は正常か?(CN II, III)

これらの評価を受傷現場で行います。

脳振盪の可能性のある選手は

- 直ちに試合、練習などの活動を中止し競技場から退場させる。
- 最初 (少なくとも最初の 1 ~ 2 時間) 選手をひとりきりにさせてはいけません。
- 飲酒してはいけません。
- 元気回復薬や鎮痛剤、処方薬を服用してはいけません。
- ひとりで家に帰してはいけません。 責任ある成人の付き添いが必要です。
- 医師から許可されるまで、 バイクや自動車や精密機械の運転してはいけません。

〜評価方法 : Off-Field〜

ステップ1: 競技者の基本情報の取得
名前、年齢、性別、団体名、受傷日時、既往歴、持病、利き腕、服用中の薬

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ステップ2 : 症状の有無と度合い(7段階)無症状=0/6、重度=6/6
- 頭痛がする
- 頭がしめつけられる感覚がある
- 足もとがふらつく
- 嘔気がある
- 嘔吐をする
- 眠たくなる
- めまいがする
- ぼやけて見える
- 光に過敏
- 音に過敏
- 疲れている、またはやる気が出ない
- 「何かおかしい」と感じる
- いつもより感情的
- イライラする ・ 悲しくなる
- 心配になる、または不安になる
- 首の痛みがある
- 集中しづらい
- 思い出しにくい
- 動作を鈍く感じる
- 「霧の中にいる」ように感じる
*これらの症状が一つでもある場合は、軽度、重度に関わらず復帰までのプロトコールは、開始できません。

ステップ3 : Cognitive Screening  認識能力テスト
オリエンテーション: 簡単な質問に答える
「今は、何月ですか?」
「今日は、何日ですか?」
「今日は、何曜日ですか?」
「今、何時ですか?」(1時間前後の誤差は認める)

即時記憶 : トレーナーが提示する5つの単語を被験者が順不同で復唱する
集中力テスト: 
- 数字の逆順での復唱 例)トレーナー「3、5、1」—> 被験者「1、5、3」
- 序数詞の1から10まで 例)「ひとつ、ふたつ、みっつ 〜 ここのつ、とう」

ステップ4: 神経系機能チェック
- デルマトーム(感覚神経)
- ミオトーム(運動神経)
- タンデムウォーク(一直線上を歩く)
- フィンガーノーズコーディネーションテスト(トレーナーの指と被験者自身の鼻を交互に被験者自身の指でタッチ)
https://stanfordmedicine25.stanford.edu/the25/cerebellar.html
- バランステスト(BESS Test)
*詳しいテスト法については、SCAT5の本紙を参考にしてください。

ステップ5: 遅延記憶力
即時記憶テストで覚えた5つの単語をもう一度、復唱してください。

ステップ6:これらのテストを点数づけて合計点で評価をし、事前に評価したベースラインと比較し重症度を把握します。

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これらの評価方法で総合的に評価をします。

*この評価は、まず受傷時に行いますが復帰までの期間、何度も行うことで症状が改善傾向にあるかチェックできます。

〜活動復帰に向けて〜

Return to Play: 復帰までには以下の6ステージを段階的に行い身体運動(競技活動)を再開していきます。
ステージ1: 運動の禁止
ステージ2: 軽度の有酸素運動の再開(最大心拍数の70%以下の運動)
ステージ3: 個別の競技スポーツに特化した運動の再開(ただし、他人や物的接触を伴う種目は厳重に禁止)
ステージ4: チームメイトとの競技スポーツに特化した運動やウェイトトレーニングなど無酸素運動の再開 (接触を伴うメニューは厳重に禁止)
ステージ5: 制限なしの運動の再開
ステージ6: 復帰
*最大心拍数の簡易的な求め方: (220-年齢)
*各ステージは、最低でも24時間間隔
*脳震盪の症状が再発した場合は、運動を中止し無症状を確認するまでステージの進行はできません。無症状確認後は、ステージ1から再スタートする。

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〜まとめ〜   

脳震盪とは、初期対応を誤ると命を危険に晒すことになったり、不治の脳神経障害を患うケースもあるため、これらの知識をしっかりと把握し総合的に評価をして対応する必要があります。今回は、受傷後のIn-Field/Off-Fieldでの評価方法や復帰へのプロトコールを単的にご説明しましたが、Pre-Participation Physical Examination(PPE)といってチームや競技活動に参加する前の健康診断、体力測定時に各競技者の正常時の数値をベースラインとして記録しておくことも大変、重要です。そうすることで、受傷時の結果とベースラインを比較し、精度の高い評価をすることができます。さらに、こうした正しい知識を持つことに加えて、トレーナー1人で対処するのではなく、スポーツ現場に関わる全てのスタッフ(監督、コーチ、マネージャー、ドクターなど)で共通認識として、どう脳震盪をチームとして対処するのか今一度、話し合うことも必要かもしれません。

*追記:脳震盪に関する対処の仕方は、その国の法律や競技団体、リーグによって異なるので、自身がトレーナー活動を行う環境でのプロトコールを必ず確認した上で対応するようにしましょう。


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