おじいちゃんはパラダイスに行きました。

2022年6月、おじいちゃんが亡くなった。
前の年の誕生日は一緒にお肉食べに行ったのに。


おじいちゃんはお酒が好きな人だった。僕もお酒が好きだった。もちろん20歳になるまで一滴も飲んでないけど、小さい頃からおじいちゃんが開けたワインのコルクのにおいを嗅いでニコニコしてた。

いつも「圭吾ちゃんが20歳になったらおいしいお酒飲めるところ連れて行ってあげる」と言われていた。結局おじいちゃんとお酒を交わすことはできなかった。


週末はおじいちゃんとおばあちゃん、うちの家族の5人で外食に行くことが多かった。外食はいつも我が家の車で行っていた。運転席にお父さん、助手席におじいちゃん、後部座席に僕、お母さん、おばあちゃんの並びが定位置。

お父さんの運転する帰りの車の中、助手席のおじいちゃんはずっと喋っていた。「日本人はリンゴを見てリンゴだって思ってからアップルって変換するから駄目なんだ。リンゴを見たら直接アップルだって思わないと駄目なんだ」って熱弁してたのを覚えてる。他にもいろんなことを熱弁してたけどほとんど覚えていない。聞き流していたから。たぶん僕だけじゃなくてあの車に乗っていた全員が聞き流していたと思う。

あんなに興味なかったおじいちゃんの熱弁が今となってはすごく恋しい。おじいちゃんが生き返って、また外食に行って、帰りにいっぱい話してくれてもたぶん聞き流しちゃうと思う。でもちゃんと聞き流すからまたいっぱい喋ってほしい。


おじいちゃんは若い頃演劇部だったらしい。うちの家系で演劇やっていた人はおじいちゃんしかいなかったはず。自分が演劇に興味を持っているのはおじいちゃんの血が流れていることも一因なんだと思う。

おじいちゃんは僕が演劇やっていることを肯定的に受け止めてくれていた。心理学部に入ったことを伝えたときも「圭吾ちゃんは演出家かスパイになれ」って言われた。おじいちゃんは心理学部の解像度は低いらしい。

僕のことを演出家にさせたくなったおじいちゃんは、外食に行くたびに自分が持ってる演劇のDVDや、テレビで録画した舞台の映像をダビングして持ってきてくれた。正直すごく驚いた。そこまで演劇とかが好きだってことを知らなかったし、自分のためにここまでしてくれると思ってなかったから。まあ、まだ一本も観てないんだけど。

おじいちゃんに最後に会ったのは亡くなる一週間くらい前だった。その日はおじいちゃんの誕生日だったので、お父さんがウクレレでハッピーバースデートゥーユー弾いてた。柄にもないことをしているお父さんを収めようと、僕は横からスマホで動画を撮っていた。

帰り際、これが最後になるんだろうなって直感して、何か伝えなきゃと思って「DVD観るからね」って言葉をひねり出した。おじいちゃんはもう喋れる状態ではなかったから笑顔で頷いていたけれど、たぶん「え、まだ観てないの」って思ったと思う。ごめんね。まだ一本も観てません。


おじいちゃんはハワイが大好きな人だった。毎年一週間くらいはハワイに旅行へ行っていた。アロハシャツもいっぱい持ってた。

そんなおじいちゃんはお父さんに「僕の骨をハワイの海に撒いてくれ」と遺言を残していた。人よりちょっとだけ若く亡くなった頑固者のおじいちゃんは、火葬のあと、葬儀屋の人が軽く驚くくらいたくさんの骨が残っていた。大量の骨を砕いて、粉にしてもらって、袋に分けてもらった。それを持って僕たち家族は2022年11月上旬、ハワイへと向かった。


ハワイ到着2日目、6時半くらいに起床。友人のインスタのストーリーにキンプリの岸くん、平野くん、神宮司くんが脱退するという記事のスクショが載っていた。悪い冗談だと思ってTwitter見たら現実だった。言葉が出ない。この時点で僕の頭の中はキンプリ7割おじいちゃん3割くらいになってた。

ホテルの前に来ていたバスに乗り込み、8時くらいに船着き場に到着。やや曇り。おじいちゃんの骨は3つの袋に分けられていた。完全に自分が悪いんだけど、頭の中でおじいちゃんが3つに分身して小刻みに踊り始めた。

女性の船長さんとガイドさんの案内のもと、僕たちは船に乗り込み、沖へ向けて出港した。目的が「骨を撒く」だから喜怒哀楽で言ったら哀の行事のはずなんだけど、船長さんがBluetoothつないでスピーカーから明るめのハワイアンミュージック流しているし、ガイドさんが「見てくださいあそこ!カメですよ!」とか言ってくるから気分的にはだいぶ楽だった。


15分くらいハワイの海のクルージングを楽しみ、いよいよ骨を流すスポットに到着。船尾の方を見ると、雲間から太陽の光が差し込み、海の表面に一筋の光の道を作っていた。きっと天国への道なんだろうななんて思ったり。

船長さんに「それでは骨を流しましょう」と言われ案内されたのは船頭の方だった。完全に光の道とは反対側だった。え、こっちなの?とか思いながら骨の入った袋を流す。骨の入った袋は船体の下に潜り込んで、反対側の光の方に向かって流れていった。これも完全に自分が悪いけど、船に頭をぶつけているおじいちゃんを想像したら少し面白かった。

骨を流した後、たくさんの花びらも流した。あっけない。舞台とは違って照明変化もないし、音響効果もない。なんならBluetoothでつながれたスピーカーからハワイアンミュージック流れてる。船長さんが気を利かせてちょっとしっとりめな曲にしてくれていたけど、ハワイアンミュージックなことに変わりはない。演劇だったらだいぶ劇的なシーンなんだろうけど、どうにもあっけない。頭の中7割くらいキンプリのこと考えてるし。でも現実のお別れなんてこんなもんなんだろう。

頭の中で3つに分身したおじいちゃんがバタフライで光の海を泳いでいった。太陽が雲からさっきよりも顔を出し、まぶしくなった。こうしておじいちゃんはパラダイスに行きました。

それから年が明けて2023年1月。自分で立ち上げたRouteという団体の第一回公演を迎えた。その舞台は南国のホテル。
ほんとに別に意識したわけじゃないけど、ハワイアンにしてみた。
衣装には大好きだったアロハシャツを用意し、開場中の音楽はハワイアンミュージックを流した。

観ててくれたかな。


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